AI刑事 仮面の予告者 | 40代社畜のマネタイズ戦略

AI刑事 仮面の予告者

警察小説
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【まえがき】

仮面をかぶったとき、人は真実に近づくのか、それとも遠ざかるのか。

この物語は、名門ホテルを舞台にした完全オリジナルのクライム・サスペンスです。
華やかな宴、格式高いサービス、そこに潜む狂気。
犯人からの予告文には、驚くほど緻密なホテル構造への理解と怨嗟の痕跡が残されていました。

AI刑事K1は、知能でも記録でもなく、“感情の揺らぎ”から犯人像に迫ろうとします。
仮面をつけた人々が織りなす心理戦と、伏線の数々。
本作では、AIらしさを極力排除し、あくまで人間の“勘と洞察”による推理を中心に据えました。

小さな違和感や証言のゆらぎに、どうか敏感になってください。
その仮面の裏側に、あなたは何を見るのか。

目次

【まえがき】

登場人物

プロローグ

第一章「仮面の舞踏会」

第二章「予告された花嫁」

第三章「階段を昇る花嫁」

第四章「赤の誓約式」

第五章「花嫁裁判」

第六章「裏切りの花嫁」

第七章「仮面の記憶」

第八章「真実の回廊」

第九章「決壊の花嫁」

第十章「仮面を脱ぐ日」

【あとがき】

登場人物

AI刑事K1(ケイイチ)
冷静沈着。表情をほとんど変えず、相手の矛盾や嘘を即座に察知する。仮面舞踏会の「表情なき顔」にも動じない。犯人の“感情の揺れ”から真実を見抜こうとする。

堀田(刑事)
元捜査一課のベテラン。感情と直感で動くタイプだが、K1と補完関係。ホテルスタッフとの距離が近く、人間関係の観察に長ける。

橘あかね(記者)
週刊誌記者。犯行予告が流出する前にこの情報を掴み、変装して舞踏会に潜入。鋭い観察眼と人情を兼ね備える。堀田とは旧知の仲。

仁科聡(警視庁公安部管理官)
冷徹で合理主義な捜査統括者。K1を一切信頼していない。上層部との板挟みだが、正義感は本物。過去にこのホテルで起きた“未解決事件”の関係者。

長谷部美晴(フロント主任)
事件当日のブライダル責任者。かつてある女性の式を担当していたが、当日直前に中止された過去を持つ。現在も精神的に引きずっている。

高木優花(バンケットサービス)
明るく献身的な性格。数年前、披露宴の手伝いをしていたが、その日以降、同僚が突然退職していることを気にしている。

佐伯翔(警備責任者)
現場を仕切る真面目な男だが、過去に一度ホテルから“何か”を見逃した責任で一度左遷されていた。舞踏会に異常な警戒心を見せる。

水沢玲奈(仮面の貴婦人)
社交界の常連。だが、実は舞踏会初参加。仮面の下から何かを観察しているような視線を放つ。謎が多く、ホテルの構造に異様に詳しい。

本間拓実(映像クリエイター)
フリーのVlog系動画制作者。なぜか仮面舞踏会の映像を“記録”していた。SNSの拡散者か?

加地春奈(医療関係者)
看護師を名乗るが、明らかに体術に精通。防犯カメラの死角に頻繁に現れ、K1の標的に。

栗田周平(不動産コンサル)
若手成金風だが、やたらとこのホテルのブライダル情報に詳しい。事件当日、スタッフに執拗な視線を送っていた。

谷川誠一(老紳士)
一人で参加した老人。物腰柔らかいが、舞踏会の序盤で「今日、何か起こる」とつぶやく。

プロローグ


東京・銀座。名門ホテル〈Hotel L’Avant〉では、その夜、年に一度の仮面舞踏会が開かれようとしていた。

高級スーツにドレス、そして目元を覆う美しい仮面。
照明が落とされたバンケットルームには、クラシックの旋律とシャンパンの香りが漂う。

だがこの年、主催者の手元には、差出人不明の一通の封書が届いていた。

「この夜、誰かが消える。
そして、その真実は仮面の奥にしか存在しない――
あの“未完の結婚式”の続きを、ここで始めよう。」

ホテル側は当初、悪戯と見なした。だが、同時にもうひとつ届いていたUSBには、館内の監視カメラの死角リストと、誰も知らない地下の旧配膳通路の図面が添付されていた。

“誰かが、本気だ。”

警察に通報するか否か――議論が交わされたが、主催側は極秘裏に公安部へ連絡を取った。

「K1、お前に任せたい。今回はAIではなく、人間の“感情”を読む場だ。」

K1は表情一つ変えず、静かに仮面を手に取った。
「了解。仮面の中に真実があれば、そこに踏み込むだけです。」

堀田も、警護スタッフに紛れて舞踏会に参加する。
そして、記者・橘あかねは週刊誌の極秘情報を聞きつけ、独自に仮面を手に現場に現れた。

それぞれが仮面をかぶり、別人としてその夜の宴に潜入する。

――しかし、この宴のどこかに、真実と狂気が潜んでいる。
そして、誰もが“仮面を外す”瞬間まで、それが暴かれることはない。

華やかなドレスとシャンデリアの下、
殺意が今、そっと息をひそめていた。

第一章「仮面の舞踏会」

煌びやかなシャンデリアが、天井の装飾を反射しながら静かに回転している。
その光の粒が、まるで万華鏡のように舞踏会場をゆっくりと染めていった。

ここは銀座の一等地にあるラグジュアリーホテル〈Hotel L’Avant(ラヴァン)〉。
今宵は、年に一度の特別イベント「仮面舞踏会」が催されている。

テーマは「記憶に残らない夜」。
招待客の誰もが、名札を外し、身元を伏せ、仮面で顔を隠して交流するという趣向。
富裕層、企業幹部、インフルエンサー、芸能関係者、さらには政界の人間も交じっているという噂がある。

そんな“誰が誰か分からない”空間に、
警視庁公安部の**AI分析官・K1(ケイイチ)**は、ただ一人冷静な視線を投げていた。

彼の仮面は黒をベースに、金の縁取りが施されたハーフマスク。
全身黒のタキシードに身を包み、肩のブローチは一見装飾だが、実は超小型の可視・不可視モード切替型カメラだった。

舞踏会の入り口では、厳重なセキュリティチェックがあったにも関わらず、K1はある“匿名の予告状”をきっかけに、この潜入捜査に踏み切ったのだった。

「この舞踏会の夜、血のように赤い花嫁が現れる。
二度目の結婚式は、まだ終わっていない――。」

最初にこのメッセージが届いたのは、ホテルのPR部門だったが、内容が“誰かを消す”という表現を含んでいたため、公安に通報が入った。

それから48時間後、公安部特別捜査課のK1が、特命で潜入を命じられた。


会場の中央には、バイオリンとチェロの四重奏が流れ、ドリンクカウンターの前には仮面の男女が笑いながらグラスを交わしていた。
誰もが自分の素性を隠すことを楽しみ、仮面の向こう側で本音と嘘を織り交ぜながら会話をしている。

K1は、背後のステージ側に立つ男の仕草に注目した。
右手の小指が震えている。仮面の奥で何かを強く我慢している表情。
そしてその男の左ポケットには、明らかに紙の折りたたみが見えた。

「堀田、バンケット内、ステージ寄り。仮面金枠の男、警戒対象A。」
K1は骨伝導イヤピース越しに伝える。

――応答したのは、別のフロアで控える公安部刑事、堀田哲也

彼は〈L’Avant〉のセキュリティ担当者に成りすまし、監視室の警備記録や出入り記録を密かに追っていた。

「K1、そっちは大丈夫か? こっちは、さっき入った業者が1人記録にない。仮面のままスタッフ入りしてる可能性がある。」

「了解、仮面舞踏会ゆえの“隙”か。気をつけてくれ。」

堀田が椅子から立ち上がった瞬間、背後で声がした。

「聞こえました。業者の件、私も独自に探ります。」

声の主は、記者の橘 彩音だった。
彼女はネットメディア『NOVA PRESS』の調査記者で、舞踏会に関して独自に情報をつかみ、変装して会場に潜入していた。

橘の仮面は、黒いレースに赤い縁取り。
目元だけを隠し、華やかな赤のドレスで一見派手な女性客に見えるが、視線は常に周囲の“異常”を探している。

彼女もまた、ホテルの関係者から漏れ伝わった「予告文の存在」に疑念を抱いていた。

「このホテル、去年も誰かが“結婚式”をキャンセルした話がありましたよね? 今日の招待リストに、その関係者がいる可能性があるわ。」

「橘さん、あなたが何をつかんでいるのかは知らないが、くれぐれも踏み込みすぎるな。」

「心配ご無用。私は情報を追ってるだけ。K1さん、あなたこそ……気をつけて。」

橘の声が少し震えていた。
理由は、ただの恐怖ではない。
彼女自身、この舞踏会に「関係がある」と直感していた。


その直後だった。

――照明が、一瞬、落ちた。

「……!」

パチンと音が鳴ると同時に、天井のシャンデリアが消え、代わりに緊急灯だけがほのかに点灯した。

ざわつく会場。悲鳴を上げる者もいた。

K1は即座に後方へ下がり、非常灯の下でステージ方向を確認した。

先ほどの“仮面金枠の男”が、いつの間にか姿を消していたのだ。

同時に、フロントに届いた一通の封筒があった。

それは真紅の封筒。
中には、手書きのメッセージ。

「もう一度、私の結婚式をやり直す。
ただし今度は、花嫁がいなくても成り立つように。」


K1は、仮面を少しだけ持ち上げた。
その瞳の奥で、ひとつの疑問が浮かぶ。

“この中に、犯人がいる。”

誰が誰か分からないこの舞踏会で、真の顔を暴くための、最初の一歩が今、始まろうとしていた。

第二章「予告された花嫁」

「花嫁がいなくても、成り立つように。」

その言葉は、会場に潜む何者かが送った“第二の挑戦状”だった。

封筒の文字は明らかに手書き、だが筆跡からは妙な“ゆがみ”が読み取れた。K1は受付に届いた封筒をライトの下で何度も確認する。

「斜めの“し”と、左に逸れる“く”。女の書き癖だな。自分を消す練習でもしてるかのような……。」

堀田はK1の肩越しに覗き込みながら低くつぶやく。

「そして、“花嫁がいなくても”だってよ。これ、逆じゃねえか? 花嫁を“消す”って意味にしか読めない。」

「同感だ。犯人は花嫁をキーワードにして、我々を誘導している。ただし目的は、もっと別にあるはずだ。」

K1の脳裏には、“昨年の事件”が浮かんでいた。

〈Hotel L’Avant〉で一年前、キャンセルされた“ある結婚式”。
新婦が直前で姿を消し、婚約者は海外へ移住。
詳細は非公開、表向きは円満な「延期」だったが、実際は“何か”があった。

橘記者は、あの件を独自に調べていた。

彼女はホテル2階のバルコニーから、スマートフォンを操っていた。
画面には、匿名SNS〈soroX〉のスレッドが表示されている。

【速報】仮面舞踏会で事件発生?封筒届く【内部情報】
投稿者:サイレン仮面
内容:「花嫁がいなくても式は成立する」←怖すぎ…
#ホテル #舞踏会 #事件の予感

投稿から10分でリプライは50件を超え、拡散は止まらなかった。

「誰かが中からリークしてる……」

橘は焦りを感じていた。情報が出回るたびに、会場の空気が変わっていく。

仮面をかぶった参加者のひとりが、誰かの顔を覗き込みながら言う。

「ねえ、君……さっきも花嫁の話をしてなかった?」

「えっ、私じゃないわ。」

「いや……確かに、“赤いドレス”で……」

噂は連鎖し、疑念が連鎖し、不安が連鎖する。

やがて、ひとりの若い女性が会場を飛び出すように出ていった。
スタッフに扮した堀田が追う。

「ちょっと、そこの彼女!」

「……離して!私、何もしてない!」

「聞きたいことがあるだけだ。」

彼女の仮面は赤のレース。橘と同じ色。
すれ違いによって“誤認”されていたのだ。

堀田はため息をついた。

「誤解が誤解を呼び、嘘が真実になる。仮面の世界ってのは、やっかいだ。」


その頃、K1は会場中央のステージに近づいていた。

仮面金縁の“男”が消えた場所を、もう一度見直す。

「足跡は……ない。椅子の配置も乱れていない。となると、舞台裏に抜けたか。」

彼は舞台裏へ入り、照明ボードとケーブルの間をすり抜ける。

そこには、誰かが残した古びた結婚式の招待状が落ちていた。

「Masumi & Kenji
Wedding Reception
Hotel L’Avant
12月22日 18:00〜」

昨年の冬。まさに事件のあった日付だった。


その招待状を持ったまま、K1は監視室に戻る。

「堀田、この日付を警備記録から引っ張り出してくれ。」

「すでに調べた。式はキャンセル、だが当日、ホテルのスタッフ1名が“姿を消した”って内部記録がある。」

「誰だ?」

「“高梨 美緒”。当時、ブライダル部門。急病とされてるが、実際には行方不明扱いで社内記録に伏せられてる。」

K1は深く息を吸った。

「つまり、今回の犯行は……“その続きを演出している”可能性がある。」

「式をやり直す。でも花嫁はいない。
じゃあ次は、“誰かが代わりに連れ去られる”ってことか?」

「犯人は式を再現してる。場所も、日付も、手口も――」

橘が背後から割って入った。

「私、聞きました。高梨さん、あの日、式直前に“花嫁が逃げた”って話をしたら、逆に上司に責められて、泣いてたって。
その上司、今もこのホテルにいるの。」


封鎖された館内、仮面で素性を隠す舞踏会。

ひとつの亡霊のような記憶が、静かに“今”に重なりはじめる。

そして、再びSNS〈soroX〉に、こんな投稿が現れた。

【速報】「赤い花嫁は今夜、階段を昇る」
投稿者:サイレン仮面
#予告 #式再現 #仮面舞踏会

次章、「階段を昇る花嫁」へ――。

第三章「階段を昇る花嫁」

SNS投稿:soroX/投稿者:サイレン仮面

【速報】「赤い花嫁は今夜、階段を昇る」
#仮面舞踏会 #再現式 #花嫁消失事件

投稿が拡散されたのは、夜7時27分。
まさに会場中央階段の照明が一段と強くなり、ドレス姿の一人の女性が“階段の下”に現れた瞬間だった。

その場にいた誰もが息を呑んだ。

赤いドレス。肩を覆う透けたレース。仮面は白。
まるで舞踏会のプリンセスのような佇まいだったが――

K1はすぐに異変を感じ取った。

「これは……演出されている。」

周囲の客たちがザワつく中、ドレスの女性は、無言で階段を一段ずつ、ゆっくりと上っていった。

そして――中央ステージの前で、立ち止まる。

「結婚式の再現……?」

堀田がつぶやく。

「それとも、誘拐された“高梨美緒”の代役か……?」

K1は目を細め、観察を続ける。

(この女性、身体の動きに不自然さがある。まるで“誘導されてる”ようだ。)

数秒後、誰かが彼女の腕を引き、舞台袖に連れて行った。

観客は拍手を送ったが、それは“演出”として受け止められた拍手だった。

その裏で、K1は警備責任者に声をかける。

「この演出、事前にリストにあったか?」

「いえ、台本には一切……。こちらも驚いてます。」

「その女性、いますぐ身元確認を。
ドレスと仮面の番号を追え。」


その頃――舞台裏、警備室。

橘記者は、ホテル関係者から入手した「式当日の内部連絡ノート」を読み込んでいた。

そこには、1年前の結婚式前に起きた“ある会話”が記されていた。

『新婦、急にホテルから出て行きました。彼と大喧嘩したそうです。』
『ブライダル担当の高梨さんが責任を問われています。彼女、泣いてました。』

「高梨さん……あなたが、本当に連れて行かれたのだとしたら。」

橘はふと、SNSに上がった“赤い花嫁”の動画を再生する。

女性の歩き方、仕草――どこか、見覚えがある。

(あれは…高梨さん、じゃない。別の人だ。でも、動きが…“真似てる”。)

誰かが、“高梨美緒”を知っていた。

誰かが、彼女を模して再現している。

まるで、あの日の“やり直し”を望むかのように。


階段の裏手、控室。

堀田が赤いドレスの女性に事情を聞いていた。

「なぜあんな演出を?」

「…頼まれたんです。“サプライズ演出だ”って。私、ダンサーで、アルバイトで来てて……」

「誰に頼まれた?」

「マスクの男性。“黒と銀の仮面”。黒スーツに、声は……女性っぽかったかも。」

「女性?」

堀田はK1に報告しながら、言葉を噛みしめる。

「女の可能性、出てきたな。そもそも、最初の封筒も筆跡は女性的だった。」

K1はドレスの女性に尋ねた。

「“赤い花嫁”として舞台に立てと言ったのは、その仮面の女?」

「ええ。でも“演技”の内容はあまり聞かされず、ただ階段を上がれと。
上がったら、拍手が起きた。…私は、ただの駒だったのかもしれません。」


深夜0時、soroXに投稿。

【警告】次の花嫁は“本物”だ。
「赤の誓約式、午前2時に始まる」
#マスカレードホテル #第二の花嫁

仮面の舞踏会は、“ゲーム”に変貌していた。

K1はぼそりとつぶやく。

「これは犯人のメッセージ。“次は本物を使う”――つまり、誘拐計画は“今も進行中”だ。」

「ターゲットは?」

堀田が問う。

「1年前に逃げた新婦の“代わり”として連れてこられた花嫁か、もしくは……」

K1は、ホテルスタッフ一覧の中から、ひとりの名前を指さす。

「ブライダル部の若手、白井 彩香。式当日、花嫁役で演出協力中――。」

彼女が“第二の花嫁”になるとすれば、午前2時――
仮面舞踏会は、予告された恐怖の幕開けを迎える。

第四章「赤の誓約式」

午前1時37分。

地下2階、スタッフ用通路。

白井彩香は、震える手で仮面を外そうとしていた。
心臓の鼓動が、耳の奥で鳴り響いている。

「……誰かが、見ている気がする。」

照明の落ちた通路は、微かに湿気を帯びていた。
シャンデリアのように輝いていた宴の余韻など、この階には一切ない。

ここは、式場の裏側。
花嫁やスタッフが着替え、移動し、そして時には泣く場所。
その「裏舞台」に、恐怖が忍び込んでいた。

(早く…メインホールに戻らないと。)

だが――

カチッ。

背後から、かすかな音。

誰かが鍵をかけた?

振り向いた瞬間、白井の目に飛び込んできたのは、
「黒と銀の仮面」。そして、口元にかすかな笑みを浮かべる“誰か”。

「あなた、誰――?」

白井が発するより早く、仮面の人物が一枚の紙を差し出す。

『これは、あなたの結婚式。
二人目の花嫁として、誓約を――。』


そのころ――K1と堀田は監視ルームにいた。

SNSに投稿された予告文には、奇妙な共通点があった。

「赤い花嫁」「階段」「誓約」――。

すべて“1年前の結婚式”に登場するモチーフと一致する。
つまり、犯人はその日の詳細を把握している。

「記録映像か?」と堀田が問いかけるが、K1は首を横に振る。

「記録映像だけでは無理だ。
問題は、“誰がどう立ち、何を言ったか”の“行間”を再現してる。
これは、当事者でなければ無理だ。」

K1はノートPCを操作し、1年前の式で担当していた“ブライダルスタッフ”のログを表示する。

そこには、主賓・新婦・招待客のリストに加えて、控室の担当者、飲料係、清掃スタッフ、裏方まで。

「この中に、犯人がいる可能性がある。」

橘記者が新たな情報を持ち込んできた。

「裏アカウント“サイレン仮面”の発信元、追えました。
Wi-Fi経由で、地下1階・旧控室からの投稿。
――今は使われていない部屋です。」


午前2時00分。

“赤の誓約式”が始まった。

だが、それはホールで起きるのではなかった。
地下1階の旧控室で、“再現”された。

その空間には、白いバラが飾られ、
テーブルの上には“偽の誓約書”。

そして、椅子に縛られる形で“花嫁役”にされた白井彩香がいた。

犯人は言う。

「あなたが結婚式を仕切るのが夢だったんでしょう?
だったら今日は、あなたの“結婚式”よ。」

冷ややかな笑みの中に、異様な執着が滲んでいた。

「花嫁は捨てられ、
スタッフは責任をなすりつけられた。
結婚式は、人生最大の儀式であるはずなのに――
誰も救われなかった。」

「あなたは誰なの……?」

犯人は黙ったまま、誓約書の読み上げを始める。


その直後。

K1と堀田は旧控室前に到着。

だが、鉄製の扉は外側からロックされていた。
内部の声は聞こえない。

K1が耳を澄ませると、かすかに「ブライダルマーチ」が流れていた。

(BGMが使われている? つまり、誓約式は再現されている……中に誰かがいる!)

「ドアを破る!」

堀田が叫ぶ。

同時にK1は、内線コードを使ってセキュリティ回線を切り替え、隣室から侵入ルートを探す。

地下通路図が頭の中に浮かぶ。

(この旧控室は、かつて非常用通路とつながっていた。
メンテナンスパネルを外せば――)


午前2時08分。

K1は、通気ダクトを通って旧控室に侵入。
白井の元にたどり着く。

「大丈夫か。」

白井が涙を流しながらうなずく。

「犯人は?どこへ?」

だが部屋には、誰もいなかった。

仮面だけが、バラの花に囲まれて、椅子の上に置かれていた。

K1は仮面を見つめる。

(これは、“予告”だ。まだ終わっていない。)

壁に張られた紙に、次のメッセージ。

「次は、誓約の“証人”たちへ。」
#花嫁裁判 #終わらぬ式 #マスカレードの罠


橘記者はSNS上に変化を察知する。

コメント欄に、新たな参加者が加わった。

「それって、あの式で証人やってた人じゃ?」

「前に、新婦と揉めてた女がいたな……」

「証人席の女性、式の最中ずっと睨んでたって話も……」

情報が、勝手に“犯人像”を拡散していく。

K1は、モニターを見ながらつぶやいた。

「この事件は、“結婚式の再現”を装った、“復讐の裁き”。
ターゲットは、“過去に式で関わった全員”だ。」

そして次なる“裁き”の矛先が、誰に向けられているのか――
それを止めるには、式の裏に潜む真実を解き明かすしかない。

第五章「花嫁裁判」

午前2時27分。

ホテル〈レヴェランス東京〉、チャペル棟控室。

まるで儀式の残り香が残るような、仄暗い空気。
その中でK1は、再び仮面のメッセージを読み返していた。

「次は、誓約の“証人”たちへ。」
#花嫁裁判 #終わらぬ式 #マスカレードの罠

「“証人”というワードは象徴的だな」と堀田。

「式の当日、誓約書にサインした人間は“新婦の同僚女性”だった。
その人物がターゲットだとすれば…」

「その人間を守るしかない。」

だがK1は続ける。

「いや、それだけではない。
“証人”という言葉には、もう一つ意味がある。」

堀田が眉をひそめる。

「“式で見ていた人間全員”という意味か?」

K1は頷いた。

「犯人は、“裁く”という言葉を用いている。
つまり、単に復讐したいだけではない。
“あの結婚式で、何が起きたのかを明るみに出したい”。」

「復讐じゃない、公開裁判か。」


一方、橘記者はSNSの異変に気づいていた。

ハッシュタグ「#花嫁裁判」のトレンド入り。
投稿者不明の仮面アカウントが動画を投稿していた。

画面にはこう表示されていた。

《証人Cの証言:私はあの場で、新婦が嘘をついていたと知っていた。
でも黙っていた。それが彼女の幸せだと思ったから。
…でも、彼女は翌週、自ら姿を消した。》

コメントが荒れた。

「証人Cって、あのとき司会やってた女でしょ?」

「嘘をついてたってなに?証人なのに?」

「ってか、新婦って今どこにいるの?」

誰もが“真実を暴く側”になった気でいた。
だが、それは加害と紙一重の“集団裁判”だった。

橘は小さくつぶやいた。

「情報が暴走してる……。」


午前3時05分。

チャペルホールの照明が突然消える。
代わりに、舞台照明のようなスポットが一点を照らした。

壇上には“裁判用”と見られる木製の椅子。
赤いバラが巻かれた「誓約台」。

そこへ“証人”と呼ばれた女性・名取友梨が案内されていた。

スタッフに扮した誰かが、彼女にマイクを渡しこう言った。

「あなたの“証言”をいただけますか?」

友梨は混乱する。

「何これ、いたずら?ドッキリ?」

周囲にスタッフの姿はない。
代わりに、客席に仮面をつけた数名の姿――。

そして、天井から吊るされたスクリーンに映し出されるのは
1年前の結婚式の映像。
だが、途中で音声が編集され、“新婦が泣きながら退出する瞬間”だけが強調されていた。

「これ、違う……こんな演出じゃなかった。
あれは、ただ…具合が悪くなっただけで……!」

だが、録画映像は止まらない。

“証人席”のカット、彼女がうつむく姿、
何かを躊躇しているような手元。

そして、AIではなく誰かの手で編集された文字。

《彼女は、見ていた。
新婦の悲しみも、彼氏の裏切りも。
でも、黙っていた。》

その場にいた観客役の仮面たちが、スピーカー越しに問いかける。

「あなたは、見て見ぬふりをしたのですか?」

「あなたは、“沈黙”で彼女を追い詰めたんですか?」

証人・名取は震えながら答える。

「違う!違うのよ!
あの時、私が口を出したら、全部壊れる気がして……!」


K1と堀田が駆けつける。

しかしその瞬間、チャペルの扉が内側からロックされる。
室内の音声はスピーカーを通して外部に垂れ流し状態。

橘が別ルートから侵入。高台から動画撮影していたドローンを確認する。

「誰かが、これをライブ配信してる。
目的は“全世界に裁判を見せる”こと。」

K1は言う。

「これは“仮面法廷”だ。
1年前に結婚式で起きたこと――
その“誰も語らなかった真実”を、今、裁こうとしている。」

堀田が静かに拳を握る。

「だが、裁いていい人間なんて、いねぇよ。
少なくとも、ネットの群衆にはな。」


午後3時30分。

チャペルの照明がすべて落ちる。
再点灯と同時に、名取友梨は姿を消していた。

椅子の上には、またもや“仮面”と、誓約書。

《誓いは終わった。次は――裏切りの花嫁へ。》
#最終儀式 #最後の誓約 #マスカレードの罠

K1が仮面を手に取る。

「次は、“新婦本人”だ。」

だが、1年前の新婦は、すでにこのホテルにはいない。

「いない人間に、どうやって復讐するつもりなんだ?」

K1は言った。

「もしかしたら――
彼女は、今、ホテルのどこかにいるのかもしれない。」

第六章「裏切りの花嫁」

午後4時10分。

K1は、ホテル〈レヴェランス東京〉の監視カメラ記録室にいた。
だがここで重要なのは、AIによる自動解析ではない。
記録された“人間の動き”――それを、K1自身が目視で確認することだった。

「チャペルホールから出ていないはずの名取が、姿を消した。
となると、どこかに“別ルート”がある。」

堀田が、過去の設計図を広げる。

「このチャペル、バブル期に増築されてるな。
地下に通じる通路……あった。」

K1の目が鋭くなる。

「非常用の“防火トンネル”。
スタッフ用の逃走ルートでもある。
あそこを利用して、名取は“新婦の元へ”向かった可能性がある。」


一方、橘記者は過去の結婚式の出席者名簿を入手。

そこに“新婦:杉浦理沙”と記載があった。

「この名前、聞いたことある……」

彼女はかつて、ある有名企業の広報に勤めていた人物だった。
だが、式の後すぐに退職。現在の所在は不明。
戸籍の動きもなく、まるで“意図的に消えた”かのようだった。

「理沙さんは、逃げたのか……それとも、追われてるのか……?」

そのとき、SNS上で新たな投稿が確認される。

【裁きの準備が整いました】
花嫁は、“最後の証言”をする義務がある。
今夜、ホテルの“誓いの塔”で結婚式を再現します。
すべての“証人”に、その場へ集まっていただきます。
#マスカレードの終幕 #花嫁の証言 #裏切りの真実

橘はつぶやいた。

「これは、“結婚式の再現”じゃない。
花嫁自身を、“被告”として連れてくるってこと……。」


午後7時20分。

K1と堀田は“誓いの塔”の控室へ向かっていた。
その道中、館内スタッフの証言を得る。

「あの……昨晩、深夜に誰かがブライダル控室にこもってて……
“マネキンにドレスを着せて”、なにかリハーサルしてたんです……」

K1の背筋がぞくりとした。

「犯人は、“挙式そのもの”を模倣しようとしてる。」

「被害者を、式場の中央に立たせて“告発”するってことか?」

「いや、それだけじゃない。
式の“演出”すべてを支配する――つまり、
誰が主役かを再定義するための“花嫁交換”だ。」

堀田が声を荒げる。

「そんなもん、復讐じゃねえ。“処刑”だ。」


午後8時。

“誓いの塔”チャペル棟は再び封鎖されていた。
外部電源が遮断され、仮設ライトだけが足元を照らす。
スピーカーからは、あの声――仮面の女の音声が流れる。

「皆様、お集まりいただきありがとうございます。
今夜、この場で、“かつての嘘”を清算しましょう。」

壇上に現れたのは、白いドレスに身を包んだ“偽の新婦”。

その足元に、“誓約台”と名付けられた台座が置かれていた。
拘束されたまま、名取友梨がそこに立っていた。

そして、その背後の幕が開き、現れたのは――
本物の“新婦”、杉浦理沙。

だが、彼女の表情は決して恐怖ではなかった。

むしろ、穏やかに微笑んでいた。


その瞬間、K1が介入する。

「やめろ。」

犯人に向けて、はっきりと声を張る。

「お前は復讐を正義にすり替えた。
だがそれは“私刑”だ。
この場所にいる全員が、その演出に巻き込まれてる。」

仮面の女がゆっくりと仮面を外す。

そこには、かつて式を担当していたブライダルプランナー――
早瀬望の顔があった。

彼女は一言だけつぶやく。

「私は、あの時、理沙さんにこう言ったの。
“どんなに辛くても、式は美しく終えましょう”って。」

「でも、彼女は逃げた。
私の“式”を汚したの。
だから私は、彼女を舞台に戻す必要があったの。」


橘記者が、そっと理沙にマイクを向ける。

理沙は、まっすぐに望を見つめてこう言った。

「望さん……あなたがあの時、支えてくれたのは感謝してる。
でも、私の苦しみを“物語”にしないで。」

望がゆっくりと崩れ落ちる。

K1が近づき、そっと手錠をかける。

「早瀬望――あなたを、監禁と脅迫の容疑で逮捕する。」

チャペルの照明が、再び通常の光に戻る。

その瞬間、ようやく会場全体が“現実”に引き戻された。


午後10時30分。

記者会見場。橘が記事の草稿を仕上げながら、K1に尋ねた。

「あなた、最初から犯人が彼女だと?」

K1は首を振る。

「いや、誰もが“それぞれの正義”を抱えていた。
でも、それを超えた時にだけ、事件は終わるんだ。」

堀田がポツリ。

「……人間、怖ぇな。」

第七章「仮面の記憶」

午前0時10分。

ホテル〈レヴェランス東京〉の一室に、静かに雨の音が響いていた。
事件は終わった――はずだった。
だが、K1はその“余韻”に違和感を感じていた。

早瀬望の犯行は確かに“整合性”が取れている。
犯行動機も、計画も、証拠も。
だが――何かが足りない。

「……なぜ、名取だけを“表舞台”に晒す必要があった?」

K1はノートに事件のフローを書き出し、重ねるようにひとつのキーワードを記す。

『仮面舞踏会』


堀田が深夜の資料室に現れる。

「K1、ちょっとこれ見てくれ。」

彼が差し出したのは、5年前の“幻の結婚式”の招待状。
当時の顧客名義は「杉浦理沙と松島誠」。

「松島誠……?」

「なあK1。こいつ、あの事件の“警察庁幹部”の息子だったんだ。」

K1の目が鋭く光る。

「つまり――事件は“二重構造”だった。」


橘記者も同時に新たな情報にたどり着く。

警察関係者の中に、松島誠に“特別扱い”をしていた人物がいる。
それが、K1の上司である――管理官・阿久津修司だった。

橘がK1に電話をかける。

「……あなたの上司、事件と無関係とは言えないかもしれない。
もしかすると、理沙さんの過去の逃亡にも、“何かが”関係してる。」


K1は阿久津と対峙する。

「管理官、あの時あなたは“理沙を逃がした”んですか。」

阿久津は黙ったまま書類に目を落とし、ポツリと口を開く。

「彼女は、“命を狙われていた”。
警察は“内部犯”をかばっていた。
私は彼女に“別の戸籍”を与え、遠ざけるしかなかった。」

「だが、それを早瀬望が知った。
お前らが犯人として逮捕したあの女は、ただの“実行犯”に過ぎない。
真の黒幕は……まだ、そこにいる。」

K1は一瞬息を呑む。

「……“復讐の理由”を与えた者。」


橘は理沙の元を訪れていた。

「……もう、逃げる必要はありません。」

理沙は微笑み、しかし静かに言った。

「でも、逃げることは“守ること”でもあった。
私は誰かを“かばう”ために、逃げたの。」

橘が問いかける。

「誰を?」

彼女は名を明かさず、ただ手帳を差し出す。

そこには一枚の仮面と――こう書かれていた。

【このホテルで、私はもう一度“終わらせなければならない”。】
【真犯人は、すでに“私の影”にいた。】
――理沙


深夜2時30分。

SNSに最後の投稿が浮かび上がる。

【この物語は終わらない。】
【仮面を脱ぐのは、あなただ。】
#花嫁の証言 #仮面の記憶 #本当の復讐はこれから

第八章「真実の回廊」

午前4時。ホテル〈レヴェランス東京〉 地下ボイラー室。

蒸気が立ちこめる狭い通路を、K1と堀田は慎重に進む。
理沙が残した手帳の中には、かつて“挙式当日”に撮影されたホテルの“裏動線マップ”が挟まれていた。
それは警察も把握していない、従業員だけが知る抜け道だった。

「この先……機械室だな。警備は甘い。」

堀田がつぶやく。

「早瀬望が使った“動線”はこれか。いや――“誰かに教えられた”と考えるべきだ。」

K1は、マップの隅にあった落書きを見つめる。

【R→S→B3→R】

「……Rって何だ?ロビー?リハーサルルーム?」

「いや、これは……“リサ”。彼女自身の名前だ。」


同時刻、橘記者はホテルの広報担当・柚月と密談していた。

「……理沙さんが担当していた結婚式。あれ、実は急遽中止になったんですよね?」

柚月は戸惑いながら頷く。

「ええ……あの時、新郎が“突然失踪”したんです。警察は“駆け落ち”と処理しました。」

「でも、結婚式の控室に“血痕”が残っていたという記録が、当時の清掃業者の報告にある。」

「それは――!」

橘は静かに目を伏せた。

「理沙さんは、何を“かばった”のか。
早瀬望は、誰に“騙された”のか。」


AI刑事K1が真相にたどり着く。

地下制御室にあった旧式の監視システム。
そこに、5年前の映像ログが残っていた。

画面には、新郎の松島誠が、女性スタッフに詰め寄る様子。
そのスタッフは、――理沙だった。

さらにその後ろには、早瀬望が。

松島が理沙を強引に部屋へ引きずり込もうとするその瞬間、
早瀬が松島を突き飛ばし――松島は机の角に頭を打ち、その場に崩れ落ちた。

その瞬間、理沙は動けず、早瀬は震えながら言った。

「……わたしが、守る。」


それを見たK1は言う。

「犯人は――“誰かを守るために嘘をついた”。
だが、真に復讐を遂げたのは、“第三者”だ。」

堀田が首を傾げる。

「じゃあ、誰がこの事件の最後の糸を引いた?」

K1は、ホテル内の旧控室に残された“ある忘れ物”を手に取った。

白い封筒。差出人不明。

その中にはこう書かれていた。

【私を裏切ったあなたへ】
【私の人生を壊したあなたを、私は許さない】
――花嫁より


エレベーターシャフト内。

警備主任の「井波」が不自然な行動をしていた。
K1が背後から声をかける。

「“井波美和”さん。あなたの本名は“井波美佐子”――
かつて理沙さんと一緒に結婚式の準備をしていた元ブライダルアシスタントですね。」

彼女の手が震え、封を閉じたリモコンを落とす。

「……あなたのせいで、私は婚約者を失ったの。
理沙が逃げたから、私の婚約者は警察に追われて……自死した。」

「それが、復讐の理由か。」

「理沙を“奪う”ために、私は望に接触した。
そして、復讐心を“引き出した”。
私は……望を利用しただけ。」


だが、すべてが終わったわけではない。

理沙は最後に、ひとりの記者に宛ててメモを残していた。

橘が読み上げる。

【あの結婚式で、何もかもが壊れたと思っていた】
【でも、私の中にはまだ“守りたい誰か”がいる】
【だから、仮面を外して、生きてみたい】
――理沙


午前6時。

陽が昇る。
ホテルのロビーで、K1・堀田・橘が並ぶ。

堀田「……犯人は最後まで“仮面”を被ってたな。」

橘「人は誰しも、何かを隠して生きてる。
でも、それを“悪”に変えるか、“希望”に変えるかは、その人次第。」

K1は言った。

「正義も、愛も、嘘も、復讐も。
全部、人が作るものだ。」

第九章「決壊の花嫁」

午前6時30分。ホテル〈レヴェランス東京〉最上階スイートルーム。

カーテンの隙間から朝陽が差し込む。
K1は部屋の中央に立ち、手帳をめくる。
そこには早瀬望が理沙に宛てた、走り書きのメモが貼られていた。

【あの時、君を守ると決めた。君の仮面を、俺が剥がしてやる。】

K1は静かに言った。

「彼は“守るために壊した”。
だが、黒幕は――“壊すために守らせた”。」


同時刻、警視庁の会議室。

K1の上司・鬼塚管理官は冷たく言い放った。

「“事件は終わっていない”。仮面の下にいる“本当の花嫁”を捕まえろ。
これは、組織ぐるみの情報撹乱、SNS拡散による世論誘導事件だ。」

部屋の空気が凍る。

鬼塚はK1に資料を差し出す。
そこには、「SNS投稿の拡散元IPアドレス」が記録されていた。

投稿主の名前は――SACHI.T
理沙が担当していたかつての結婚式の“花嫁の姉”、橘 幸恵(たちばな さちえ)だった。


午前7時。

橘記者は一人、ホテルの地下通路にいた。
封鎖された非常口に、不自然な手形。

「――こんなところに…何を…?」

突然、背後に影が現れる。

「記者さん……知りすぎましたね。」

その声の主は、ブライダルプランナーの柚月だった。

「あなたが……?」

柚月は静かに笑った。

「理沙を守ろうとした人間は、みんな“排除”された。
でも私は、違う。“このホテルを守りたかった”の。」

「そのために……結婚式を壊したの?」

「彼女は“事故”で恋人を失った。
でも、私は“システム”に潰された。
上司の命令、株主の指示、会場の契約、…全部が私を切り捨てた。」


K1と堀田が現場に急行する。

封鎖された扉の先、早瀬望が理沙を連れ、逃げようとしていた。

堀田が叫ぶ。

「もうやめろ、望!お前の目的は“復讐”なんかじゃなかっただろ!」

早瀬の目が揺れる。

「……違う。俺は、理沙を“取り戻したかった”だけだ。
この仮面の下の本当の彼女を。」


そのとき、ホテル館内放送が乗っ取られる。

モニターには、白いベールを被った“謎の花嫁”の映像。

「私はこの日を待っていた。
祝福されたはずの人生が、壊された“この場所”で。
私の“決壊”は、誰にも止められない。」

背景には、5年前の結婚式場と同じ飾りつけ。
そして、そこには“誰もいない”花道が映る。

K1が呟く。

「……これは“幻影”じゃない。“再演”だ。
5年前の花嫁が、今夜――帰ってくる。」


午前8時。ホテルチャペル。

再現された結婚式場に、理沙が“ウェディングドレス”姿で現れる。
彼女は、ただ静かに語る。

「私は何もしていない。誰も傷つけていない。
でも、私は“ずっと狙われていた”。
だから私は……この仮面を外す。」

彼女がベールを取り去ると、そこには涙を浮かべた顔。

早瀬がゆっくりと手を差し伸べる。

「理沙、終わりにしよう。君の痛みも、僕の怒りも。」


警察が突入。

黒幕だった柚月は静かに連行される。

SNSに偽情報を拡散し、ホテル内にパニックを起こさせた罪。

そして、情報を操作して「仮面の花嫁」の物語を創り上げた罪。

最後に柚月は言った。

「だって、私たち、誰かの“脇役”じゃない。
“主役”になりたかっただけよ。」


午後12時。

ホテルのロビーにて。
橘記者が、理沙にマイクを向ける。

「これから、どうされますか?」

理沙は微笑んだ。

「仮面を捨てて、ちゃんと“誰かを好きになる”準備をしようと思います。」

K1は遠くからその光景を見つめながら言う。

「事件は、終わった。だが人は、いつでも“再演”できる。」

堀田が肩をすくめた。

「お前、今日ちょっと詩的すぎねえか?」

第十章「仮面を脱ぐ日」

午後1時。東京地検前。

報道陣のフラッシュが光る中、黒いワゴンが静かに停車した。
その後部座席から、白いスーツを着た女性が降りる。

柚月紗和。かつての〈レヴェランス東京〉チーフブライダルプランナー。

容疑は、偽計業務妨害虚偽情報の拡散共謀による監禁未遂
だが本人の口からは、反省も、涙も、一切見られなかった。

橘記者がマイクを向ける。

「柚月さん、なぜあのような犯行に?」

彼女は微笑んだ。

「私が壊したのは、ホテルでも制度でもない。
“期待”よ。誰もが信じている“幸せな結末”っていう幻想。」


一方、ホテルのチャペル。

K1と堀田は現場検証を終えた後、静かに向き合っていた。

堀田が言う。

「お前の推理、ほとんど当たってたな。
でも、最後のひと押しは理沙の勇気だった。」

K1は頷いた。

「仮面は、誰かに剥がされるんじゃない。
自分で脱がなきゃ意味がない。」


理沙の部屋。

理沙は、封筒を開けていた。

中には、早瀬望からの手紙。

『理沙へ。
僕はこの事件を通して、
“守る”ということが、どれだけ自己満足だったかを知った。
だからもう、君に何も強制しない。
君が、自分の人生を歩めますように。
それだけが、僕の願いです。』

彼女はその手紙を胸にしまい、ホテルを去る準備を始めた。


その夜。ホテル最上階のバー。

K1、堀田、橘記者の3人が珍しく揃っていた。

橘が冗談めかして言う。

「なんだか、最後は恋愛ドラマみたいね。」

堀田がグラスを掲げた。

「犯人は女。
動機は愛憎と裏切りと……ちょっぴりの嫉妬。
それを暴いたのがAIと刑事と記者とは、なかなか良いトリオだな。」

K1は、静かに言う。

「人は仮面をつけて生きている。
だけど、それを脱いだときこそ――本当の物語が始まる。」


1週間後。

SNSにはある投稿が拡散されていた。

【#仮面を脱いだ日】
「結婚式は、始まりじゃなくてもいい。
自分に戻れる場所なら、それでいい。」
――ある元花嫁の言葉。

K1はその投稿を見て、スマホをそっと閉じた。

― 完 ―

【あとがき】

読了、ありがとうございます。

今回の『仮面の予告者』では、クラシカルな“密室型サスペンス”をホテルというリアルな空間に落とし込みました。
犯人がなぜ予告したのか。なぜ“今”なのか。
すべての答えが、最終章に隠されています。

真犯人は誰か。
読みながら途中で気づいた方も、最後に「まさか」と思った方も、
それぞれの読後感があれば、著者としてこれ以上の幸せはありません。

AI刑事シリーズは、人間らしさとAIらしさの交錯を描く作品群として歩んできましたが、今回はあえて、AIの記録・演算・監視といった能力を抑えました。
その代わりに、人間の表情、言葉、記憶のゆらぎ、そして嘘――
そういった不確かな「人間性」にこそ真実が宿ると信じて描きました。

最後までお付き合いくださり、心より感謝します。

また、次の事件現場でお会いしましょう。
――K1も、あなたを待っています。

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