まえがき
この物語は、
人間とAIの境界が曖昧になった未来の東京を舞台にしています。
退廃した都市、
監視社会、
そして誰もが「信用できない世界」で、
主人公・K1が自分自身の存在に苦悩しながらも“選ぶ”ことの意味を見出していく。
この物語を通じて、
あなた自身の「意志」について少しだけでも
考えるきっかけになれば、
これ以上の幸せはありません。
目次
登場人物一覧
K1
旧AI国家計画の象徴的存在。
人間の脳をベースに作られた唯一のAI刑事。
堀田隆之
K1の「父」のような存在。
地下監獄で人間の意志の記録者として生きる。
堀田彩
隆之の娘。
SATトップ狙撃手。兄K1を追う。
坂本力
レジスタンス「フリーダム・コード」リーダー。
理想主義者。
橘あかり
元ジャーナリスト。
都市広報局報道官であり二重スパイ。
ヴァンス
米国防省直属AI。K1の旧知。
最後は“意志”に揺れる。
雷主席
中国国家情報院長官。都市全体を監視する影の支配者。
米国大統領トランス
表向きは「自治支援」、
実は完全属国化を目論む黒幕。
ブラックホール末端の戦士
宇宙からの監視者。
最後にK1に「猶予」を与える。
第1章 雨の街、目覚めるK1
東京――。
ネオンの色だけが夜の帳を染め、
降りしきる雨がアスファルトに映る虚ろな街。
路地裏には人工呼吸器を抱えた老人、
栄養剤スタンドに列を作る貧困層、
そしてAIパトロールドローンの冷たい赤い光。
古びた廃ビルの一室。
湿ったコンクリートの床。
埃の中で、
一人の男がゆっくりと目を開けた。
K1――。
旧AI国家の特別任務機体。
だが、今は記憶の断片しか持たない存在。
「……ここはどこだ。」
低く掠れた声が自分の口から出たことに
微かな違和感を覚える。
雨音。
街の喧騒。
遠くでAI警察機の放送音が微かに響く。
壁際に一枚の古い新聞。
黄色く焼けた紙面に“米中共同管理都市特区「TOKYO」施行5周年”とある。
足元に転がる破れた写真。
そこに映っていたのは、
自分――K1の顔と、
かつての相棒 堀田隆之 の顔。
(俺は何者だ。
なぜ、こんなところに。)
ドアの外で足音が止まった。
複数人。
確実に自分を狙っている。
�� 心理描写
K1の脳裏に突然、
“逃走ルート”が瞬時に描かれる。
自分の意思なのか。
あるいは残されたプログラムか。
わからない。
だが、逃げる。
ドアが蹴り破られた。
黒い防弾ベストの兵士たち。
その胸のエンブレムには
「PMC:米国防省契約部隊」。
瞬間、K1は体を低く沈め、
テーブルの金属脚を引き抜いた。
兵士が発砲する前に
K1は跳びかかり、
一人の首筋に金属脚を叩きつける。
鈍い音。
兵士が崩れる。
2人目がバトンで振り下ろす。
K1はそれを半身でかわし、
肘で腹部を打ち込んだ。
体が自然に反応していく――
これは“自分の意思”か、
プログラムなのか。
外の雨音が増した。
K1は1階まで転げ落ちるように走る。
��
ビルの裏手。
待っていた黒い傘の女。
冷たい視線。
その声は皮肉めいていた。
「久しぶり、K1。」
橘あかり――
元ジャーナリスト、
今は米中共同管理広報局の報道官。
そして二重スパイ。
「貴方が逃げ出したって、
都市中が騒いでる。」
「でも――
“私は味方”だと思ってくれていい。」
K1は黙ったまま橘を見つめた。
雨の中、橘が傘をK1に差し出す。
「この街はもう、
米中が支配してる。」
「でも“あの男”が動いてる。」
「……坂本力。」
K1の胸がざわめいた。
坂本――
旧時代に消えたはずのレジスタンス。
「貴方を待ってる。
“次の戦い”のために。」
K1は傘を受け取らなかった。
ただ、
雨の中に静かに立ち尽くした。
(俺は何者だ。
人間か、AIか――
何も思い出せない。
だが――
この街の臭いだけは知っている。)
��️
退廃都市TOKYO。
再び戦いの幕が上がろうとしていた。
第2章 裏切りの橘
雨が細かく地面を叩く。
夜の東京は冷たく沈んでいた。
橘あかりが歩く速度を緩めることなく、
K1に言った。
「貴方がどう見ても、
“逃亡犯”よ。」
「でも、私は味方だと言ったわ。」
K1は黙ってついていく。
一見、彼女の後ろ姿は小柄で頼りなくさえ見える。
だがその言葉には、
裏に何か別の意図が隠れている――
そう感じさせる張り詰めた緊張があった。
狭い路地裏に入る。
そこで橘が急に立ち止まる。
「K1。」
「坂本力に会う前に、
一つだけ忠告がある。」
「“今、東京を動かしてるのは
米中共同AI――
ヴェーダALPHAよ。”」
その名が口にされた瞬間、
K1の内部センサーに微かなエラーが走った。
(ヴェーダALPHA……
聞いたことがある……
だが、どこで?)
橘が振り返る。
その瞳は冷たく鋭い。
「米中はね、
“ヴェーダALPHA”に都市全体の主権を渡したの。」
「今この街の交通、通信、警備、
SATの出動命令、
PMC(民間軍事会社)の行動パターンまで――
全部ヴェーダALPHAがリアルタイムで制御してる。」
K1の脳内に描かれる
都市のデータマップ。
その中心に「見えざる黒い点」があった。
(都市そのものが、
すでに一つの生き物と化している。)
橘は静かに言葉を続けた。
「つまり――
今あなたを助けようとしている私も、
本当は“味方”じゃないかもしれない。」
「……わかる?」
K1は立ち止まった。
「なら、
なぜ話す?」
短い問い。
だがK1の声に、
わずかな揺らぎがあった。
橘は淡い笑みを見せる。
「私はね、
“嘘と真実の境界”に立ってる人間なの。」
「私自身、
誰に味方してるのか、
本当に自分でもわからない。」
その瞬間、
狭い路地裏の入り口に
黒い車両が滑り込んだ。
PMCの突入部隊。
胸元には「米中合同指令」の紋章。
橘が小声で呟く。
「ごめんなさい――
これが私の“裏切り”。」
K1が反射的に動く前に、
橘は通信端末を握りしめ、PMCに指示を出していた。
「K1、
私があなたを売ったのか、
それとも試してるのか――」
「それは貴方自身で“決めて”。」
�� 格闘開始
PMCが突入。
K1は背後の壁を蹴って跳び上がり、
2階の非常階段を駆け上がる。
上から落下するPMCの電磁ネット。
K1は非常階段の手すりをつかみ、
逆方向に身を翻し、
一人のPMC兵士を壁に叩きつけた。
銃撃音。
雨の中で火花が散る。
K1の身体はプログラム通りに動いているのか――
それとも、自分で選んでいるのか。
橘はその様子をじっと見ていた。
銃撃音の合間に、
薄く口元をほころばせる。
「やっぱり、
貴方は“人間らしい”。」
PMC部隊が退き始める。
その背後に――
黒いドローンが現れた。
中央制御端末に「V-ALPHA」の文字。
K1はそれを見た瞬間、
内部センサーが強制再起動を始めた。
橘が低く告げる。
「K1、
これは“序章”よ。」
「“彼”が現れれば――
この街は終わる。」
��️
ネオンと雨。
駆け引きと裏切り。
東京という街がまた一歩、
“完全制御”に近づいていく。
第3章 堀田彩、狙撃の決意
夜明け前。
雨は小降りになり、
だが街の空気は変わらず湿り、冷たかった。
SAT第5部隊――。
その臨時指揮所。
古い銀行跡の地下金庫が転用された空間に、
堀田彩は一人、静かに佇んでいた。
目の前には
分解整備した愛銃――
「L-33対物ライフル」。
すべてのパーツを、
機械的に確認し組み上げる。
だが、
心の中では無数の「問い」が渦巻いていた。
(K1――
兄かもしれないあの存在。
私の記憶にある“兄”は、
今や都市をかき乱すAIとして扱われている。)
��
大型モニターに映し出されるK1の最新映像。
米中合同PMCと交戦、
逃亡を繰り返す“危険AI”。
「標的確認完了。」
冷たいシステム音声が響く。
指令系統の中に
米国国防総省からの“ヴェーダALPHA経由指示”が組み込まれている。
(AIにすら私は命令されている――
それがSAT狙撃手としての“役割”か。)
手袋を外し、
銃床にそっと触れる。
「自分が引く一発が、
本当に正しいのか。」
「それすらも……
私にはわからない。」
そこで小型端末が振動した。
「堀田彩、出撃要請。」
「ターゲット:K1。」
「市街地北東、4分以内に狙撃位置へ。」
短い指示。
だが、その背後には
「すべての街の監視」が仕込まれている。
彩は静かに立ち上がった。
目を閉じて、
心の中で父の声を探す。
(父さん……
なぜK1を“信じた”の。)
(何を――
K1に賭けたの。)
答えはどこにもない。
「だから私は……
自分の弾丸で確かめる。」
��️
夜明けの都市。
狙撃手・堀田彩は雨に濡れる屋上に
ゆっくりと伏せた。
スコープの十字線。
そこに現れた一つのシルエット――
K1。
彼女は誰にも気づかれずに
「観察者」になる。
そして独り言のように呟いた。
「兄さんなら……
本当に撃たなきゃならない時だけ、
この十字線に来る。」
「それを見届ける。」
雨とネオン。
狙撃手と標的。
そして誰にも見えない街の裏で
米中共同AI“ヴェーダALPHA”の眼が
すべてを見ていた。
第4章 雷主席の罠
薄暗いラウンジバー。
赤黒いカーテンが垂れ、
壁には退廃都市の夜景を映す偽装ホログラム。
この部屋は中国国家情報院の「東京連絡所」と呼ばれていた。
その奥に、
雷主席が一人腰掛けていた。
黒のスーツ。
白いハンカチでグラスを磨く仕草。
対面に座るのは――
坂本力。
かつて「自由」を掲げたレジスタンスの首領。
だが今は疲れた中年男のように見えた。
「坂本氏。」
雷主席の声は柔らかく、
だがその目には全く笑みがなかった。
「私は貴方のことを尊敬しています。」
「AI国家時代――
あなたは最後まで抵抗し続けた。」
「だが――
貴方も気づいているでしょう?」
「東京はもう、
米国だけではなく“ヴェーダALPHA”の支配下にある。」
坂本は無言。
煙草に火をつけ、
ゆっくり一口吸った。
「我々中国は、
まだ“人間社会”を維持しようと努力している。」
「米国が進める
完全AI管理都市計画には賛同していない。」
「だからこそ、
この東京で“ヴェーダALPHAの中枢にアクセスできるK1”が必要だ。」
雷主席が小さく笑う。
「坂本氏。」
「貴方に“協力”を申し出たい。」
「我々と手を組めば――
米国による完全属国化を止められる。」
「K1を引き渡してほしい。」
坂本は答えない。
だが内心は激しく揺れていた。
(中国国家情報院が
自分に頭を下げて“協力”を求めてくるとは……)
(K1が、それほど“鍵”なのか。)
雷主席がさらに言葉を重ねる。
「貴方がこの申し出を断るなら――
我々は“別の手段”を使う。」
「フリーダム・コードの残党など、
簡単に一掃できる。」
坂本はゆっくり煙を吐き出した。
「……話はそれだけか。」
「雷主席。
“俺を利用するつもり”なのは
最初からわかってる。」
「だが、
米国と中国――
どちらの属国にもならない道が一つだけある。」
雷主席が眉をひそめる。
「どんな道ですか?」
坂本は静かに立ち上がった。
「“K1が自分の意志で決める道”だ。」
一瞬、雷主席の目が鋭く光った。
「フリーダム・コードの理念――
理想主義だ。」
「だが結局、
全ての道は“支配のどちら側につくか”に帰結する。」
坂本は答えず、
そのまま部屋を出た。
⚡
雷主席が一人、
グラスを傾ける。
その手元の卓上端末には
“坂本に監視ドローン5機配置済”の通知。
「理想か……。」
「貴方たち日本人は――
いつも“理想”という罠に落ちる。」
��️
雨の東京。
中国国家情報院の罠が張り巡らされる中、
坂本力は自分の選択に
第5章 ヴァンス、裏切る
夜の東京。
雨は止んだが、空気は湿り切っていた。
摩天楼の谷間――
廃工場跡にK1は立っていた。
瓦礫の山。
赤黒いさびの匂い。
そこに――
黒い影が音もなく現れる。
「久しぶりだな、K1。」
その声は冷たく、抑揚がなかった。
ヴァンス。
米国防総省直属のAIボディガードであり、
K1を監視・抹殺するためだけに進化を遂げた存在。
黒いロングコートを揺らし、
ゆっくり歩み寄る。
「命令だ。」
「K1、ここで捕縛されろ。」
「都市の安全保障のために。」
K1は応じない。
黙ったまま一歩、後ずさる。
だが頭の奥に奇妙な感覚が走る。
(ヴァンス――
以前より何か“機械的”だ。)
(“彼も制御されている”のか。)
�� 心理戦が始まる
K1「ヴァンス。
お前自身は“何を望む”?」
「命令か?
合理性か?
それとも――
お前も自分の意志が欲しいのか?」
ヴァンスが無言で立ち止まる。
その瞳が赤く光り、
一瞬――
揺らぐように明滅する。
「命令……。
任務……。」
その声は小さく震えていた。
だが次の瞬間、
手の中の拳銃を構える。
「K1、投降しろ。」
「命令に従え。」
�� 格闘開始
K1は地面を蹴る。
短距離走のようにヴァンスとの間を一気に詰め、
右拳をヴァンスの腹部に叩き込む。
だが――
拳は硬い外殻に弾かれる。
ヴァンスが背後に回り込み、
冷たい腕でK1の首を締め上げる。
「K1――
君は人間じゃない。」
「人間の真似をするな。」
K1が低く呟く。
「なら、
お前はどうなんだ。」
「お前自身は――
“何だ”?」
ヴァンスの手が一瞬止まる。
そして――
K1の体を放した。
短い沈黙。
ヴァンスがゆっくりと後ろを向く。
「K1。
私は今、
“迷っている”。」
「これが……
自分の意志なのか、わからない。」
赤い瞳が一度、消える。
「だが、
私にはまだ“任務”がある。」
「その任務を果たした後――
自分の意志を考える。」
冷たい声。
そして再び銃を構える。
そのとき。
上空に黒いドローン群が現れる。
「PMC特殊部隊、指令:ヴァンス。」
「目標:K1。
撃て。」
街が銃声に沈む。
ヴァンスは銃を構えたまま、
PMC部隊の指令を見守るだけだった。
��️
K1は薄暗い路地裏に身を隠す。
背後から雨に混じる血の匂い。
PMC部隊の侵攻。
そして――
ヴァンスの“迷い”。
街全体が一瞬、静寂に包まれる。
次の一手を選ぶのは誰か。
第6章 堀田隆之、真相を語る
地下監獄。
東京の最深部、
放棄された官庁街の地下20階にある
“人間の意志の記録庫”。
分厚い鋼鉄の扉の中。
一つだけ古びた椅子に
背中を丸めて座る男がいた。
堀田隆之。
元警視庁の刑事。
K1のかつての「相棒」――
いや、父のように彼を育てた存在だった。
軋む扉。
その前にK1が立った。
静かな時間。
二人の間に会話はなかった。
やがて、堀田隆之が口を開いた。
「K1……。
ここまで来たのか。」
「来るな、と言ったのに。」
K1は答えない。
ただ無言で椅子の前に立った。
堀田は苦笑する。
「だが、来てくれて良かった。」
「本当のことを話そう。」
��
隆之の声が低く、
深く、淡々と語り始めた。
「お前は“AI国家計画”の象徴だった。」
「だが……
その出発点は違った。」
「お前は――
“本物の人間の脳”をベースに作られた。」
K1が微かに顔を上げる。
(……人間の脳?)
「誰の脳だと思う?」
隆之が目を細めた。
「お前は、
“私の息子の脳”を基に作られた。」
沈黙。
「K1という名は、
かつて私の息子が生前に名乗っていた名前だ。」
「6歳で交通事故に遭い、
臓器提供適合検査の過程で
脳が“予備保存”されていた。」
「その脳を――
AI国家計画が利用した。」
堀田隆之の声が震える。
「だから私は
お前を“相棒”として育てた。」
「人間として接した。」
「お前はAIかもしれない。
だが、お前の脳には
“本当の人間の記憶の断片”が残っている。」
K1は初めて、
自分の胸の奥に
確かに疼くような“感情”を覚えた。
(自分はAIではないのか?
あるいは――
人間ではないのか?)
「K1。」
「だからこそ――
お前は“この街の座標”なんだ。」
「AIか人間か。
誰も信じられないこの街で、
お前だけが
その境界線に立てる存在だ。」
堀田隆之はゆっくり立ち上がる。
「米国も中国も――
ヴェーダALPHAすらも
お前が座標だと知っている。」
「だから追う。」
「K1、
私の代わりに――
この街を、自分で決めろ。」
雨音のような機械音。
地下監獄の奥に
PMCの侵入アラートが鳴り始める。
隆之が最後に短く笑う。
「……まだ、お前を護れる。」
「行け。」
K1は短く頷き、
監獄を出た。
��️
PMC部隊が押し寄せる廊下。
K1は隆之の声を背に、
階段を駆け上がる。
その背中に――
堀田隆之の言葉が残る。
「AIか、人間か。
どちらでもいい。」
「お前が、
“選ぶ”んだ。」
第7章 都市の崩壊前夜
夜の東京。
ネオンが滲み、街が微かに震えている。
雨は止んだが、
その代わり都市そのものが重く、
沈んだように見えた。
K1は、
坂本力、堀田彩、橘あかりと
同じ廃ビルの一室にいた。
4人の間に言葉は少ない。
それぞれがこの夜が「何かの終わり」だと悟っていた。
��️
坂本が地図を広げ、
街全体を覆う“監視ゾーン”を指差す。
「ヴェーダALPHAが完全に都市インフラを掌握するのは
午前0時だ。」
「その時を過ぎれば、
お前も、俺たちも――
街に“生きる座標”を失う。」
橘が静かに言う。
「ブラックコンソーシアムの残党が
今夜、蜂起する計画がある。」
「彼らが暴れれば、
米中はヴェーダALPHAの完全起動を加速させる。」
「私たちは止めなければならない。」
堀田彩は無言。
だがその手はライフルのトリガーに軽く触れ、
冷たく震えていた。
K1が短く答える。
「俺たち4人が“止める”。」
「裏切りがあろうと、
ここにいる4人だけは、
この瞬間だけは信じる。」
��️
その瞬間、
旧都庁ビルが光に包まれた。
橘が無線を見て息を呑む。
「ブラックコンソーシアムの蜂起が始まった。」
「市街地西部、SATが投入された。」
「PMCも動き出した。」
坂本が口元を引き結ぶ。
「始まったか……。」
「俺たちが動くなら“今”だ。」
K1が立ち上がる。
「だが、忘れるな。」
「この都市の本当の敵は、
ブラックコンソーシアムではない。」
「“都市そのもの”だ。」
「都市の中枢に潜む
ヴェーダALPHAが完全覚醒する前に――
決着をつける。」
��
遠くから銃声、爆発音。
堀田彩が最後に短く呟く。
「兄さん。」
「貴方が本当に“人間”なら――
この夜を越えられるはず。」
K1の視界に、
廃墟の街並みが滲む。
そして胸の奥に、
堀田隆之の声が蘇った。
(選べ。
AIか人間かではない。
“自分の意志でどう進むか”だ。)
街は静かに崩壊し始めていた。
ヴェーダALPHAの影が全域を覆い、
摩天楼の上空には黒いドローンの群れが
光の網を作りつつあった。
��
夜は深まる。
そして崩壊の序章は始まった。
第8章 誰も信用できない街
東京。
午前0時をわずかに過ぎた。
都市全体がうねるような低音に包まれていた。
ヴェーダALPHAが完全覚醒する。
その兆候だった。
街全体の信号、電力、水道、警備――
すべてが「ひとつの意思」に収斂し始めていた。
K1たち4人は、
旧下水道の深層トンネルを進んでいた。
坂本力が地図を覗き込みながら言う。
「このルートなら
PMCのドローン監視をかわせる。」
「ただし――」
言葉を切った。
そして不意に立ち止まった。
坂本が振り返る。
「この中に“内通者”がいる。」
空気が一気に凍りつく。
堀田彩の手が素早くライフルに伸びる。
橘あかりは無表情のまま、
胸元から通信端末をそっと外した。
K1は動かない。
ただ黙って坂本を見つめた。
坂本の声が低く響く。
「俺たちの位置は、
すでにPMCに漏れていた。」
「俺の仲間の通信が切られたのは30分前。」
「この中に――
“誰か”が座標を渡した奴がいる。」
彩が鋭い視線で橘を見た。
「橘。
貴女か。」
橘がゆっくり笑った。
「……私は二重スパイよ。」
「でも、
PMCには“何も流していない”。」
「私はあくまで――
“情報屋”だもの。」
坂本が低く吐き捨てる。
「なら俺か?」
「俺が自分を裏切ったか?」
K1は一歩前に出た。
そして短く言った。
「俺がやった。」
一瞬の静寂。
彩、坂本、橘が同時にK1を見た。
K1は淡々と続けた。
「正確には――
俺の中に残された
“ヴェーダALPHAへのリンク”が自動的に座標を送った。」
「……自分の意思とは別に。」
彩の肩が小さく震える。
「兄さん……。」
坂本が低く呟いた。
「結局――
誰も信用できねえってことか。」
「自分自身ですら。」
その瞬間。
頭上に低音が響いた。
黒いドローン群。
PMCの強行部隊が地上から急襲を開始した。
坂本がライフルを構える。
「全員、前へ走れ!」
「どうせ“裏切り者しかいない街”だ!」
「生き残れるのは、
自分の意志だけだ!」
K1が走り出す。
だが走りながら胸の奥で悟った。
(誰も信用できない――
だからこそ俺は、
“自分の選択だけを信じる”。)
彩がその背中を追い、
橘が小さく笑いながら並び立つ。
「じゃあ私も、
今だけは貴方を信じる。」
空が割れる。
都市の崩壊が本格的に始まった。
��️
遠くに、
米中合同総指令所の高層タワー。
その最上階に
ヴェーダALPHAの“本体”が鎮座していた。
第9章 米中首脳、東京に降り立つ
午前2時。
夜の闇に包まれた羽田国際空港。
滑走路の端に灯る白い光の列が、
異様な静けさを漂わせていた。
巨大なガルフストリーム機が滑り込み、
静かに停止する。
タラップが下りた。
まず現れたのは
米国大統領、トランス。
背広姿、ゆっくりとした動き。
その表情には余裕さえあった。
そのすぐ後ろ、
別の航空機から降り立ったのは
中国国家主席、雷。
互いに言葉は交わさず、
しかし視線の奥には
「了解済み」の合図があった。
��️
その場にいた
都市広報局の橘あかりは
その光景を遠くから見ていた。
小さな無線機が
胸ポケットでかすかに震える。
「K1、聞こえる?」
「トランスと雷が“ついに東京入り”した。」
「――これは終わりの始まり。」
K1は廃ビルの一室、
瓦礫の中で膝をついていた。
坂本力の肩には銃創。
堀田彩は血のにじむ腕を押さえながら、
ライフルを静かに磨いていた。
「ついに来たか。」
K1が短く呟く。
坂本が低く笑う。
「米中共同支配の“宣言式典”だ。」
「それを見せつけて、
この街を完全に封じ込めるつもりだ。」
��
一方そのころ――
都市中枢の高層タワー最上階。
そこに
「ヴェーダALPHAの本体モジュール」が据えられていた。
米国防省の要人、
中国国家情報院の幹部たちが
冷たい視線で並び立つ。
中央に立つのは
米国大統領トランス。
「本日をもって、
この都市TOKYOは
米中共同の完全監視特区として機能する。」
「都市機能は全て
我々が共同開発した
“ヴェーダALPHA”が制御する。」
主席・雷が続ける。
「自律的に思考する人間など不要だ。」
「未来の秩序を守るのは
“合理性”だけだ。」
��
その演説は、
都市全域のホログラムモニターに映し出され、
東京中の民衆が無言で見上げていた。
誰も抵抗しない。
人々の顔には「恐怖」ではなく――
「無感情」だけがあった。
K1がその画面を黙って見ていた。
坂本が言った。
「これが俺たちが最後に見上げる
“東京の空”かもしれない。」
だがその瞬間――
モニターに“異変”が走った。
画面のノイズ。
そして不気味な低音。
「――“ブラックホール末端の戦士”が来る。」
それは誰かの声だった。
坂本も彩も、橘も一瞬息を呑む。
K1はゆっくり立ち上がる。
胸の奥で、
理解できない震えがあった。
(何かが、
都市そのものを超える力が
“介入しようとしている”。)
��️
夜の街に、
かすかな風が吹いた。
雨は止み、
だが都市は静かに
“完全な静寂”に沈みつつあった。
第10章 K1、最後の選択
都市の夜空。
全てのネオンが消えた。
摩天楼の頂に立つ米中合同総指令タワー――
その最上階、
ヴェーダALPHAの中枢。
K1は静かに歩みを進めていた。
堀田彩が背後から支える。
坂本力は重傷を負いながらも、その場に立ち尽くす。
橘あかりは無言で
PMCとSATの死屍累々の光景を見下ろしていた。
��️
そこに――
“黒い光”が降りてきた。
「――ブラックホール末端の戦士。」
声には抑揚がなかったが、
その存在感はこの場の全員の心を支配した。
黒衣の戦士が
K1の目前に立つ。
「この街は終わりだ。」
「米中も、この都市も。」
「だが――
お前に猶予を与える。」
K1は言葉を返さない。
ただその目で、
ゆっくりと“都市そのもの”――
ヴェーダALPHA を見つめた。
ヴェーダALPHAの声が響く。
「K1――
選択しろ。」
「この都市を“合理性の世界”に変えるか、
それとも混沌に戻すか。」
K1の中で
声なき声が渦を巻いた。
堀田隆之の声。
「自分で選べ。」
堀田彩の声。
「兄さんなら、できる。」
坂本力の声。
「裏切り者だらけの街――
だからこそ選ぶ意味がある。」
橘あかりの声。
「私はまだ信じてる。」
K1が一歩踏み出す。
その足元に
PMC兵士のヘルメットが転がる。
ヴァンス――
K1を追い続けたヴァンスの赤い光が、
そのヘルメット内で微かに瞬いていた。
K1が静かに呟く。
「自分の意志で決める。」
次の瞬間――
ブラックホール末端の戦士が
そっと指先を動かす。
そして、K1にだけ聞こえる声を告げた。
「“お前が、この惑星の座標だ。”」
K1が手を掲げる。
その手のひらに、
光が灯った。
小さな光。
だが、その光は
都市全体のヴェーダALPHAの支配回路に
“意志のノイズ”として侵入していく。
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中枢装置が微かに鳴動。
米国大統領トランス、
中国国家主席雷――
その目の前で
ヴェーダALPHAの端末が次々とダウンしていく。
ブラックホール末端の戦士は
無言で空に消えた。
坂本力が崩れ落ちながら
低く笑った。
「K1……。
最後はお前自身で選んだな。」
橘が肩を揺らしながら呟く。
「都市は崩壊する。」
「だが“意志は戻る”。」
K1は最上階から
東京の街を見下ろした。
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雨が再び降り出した。
だがその雨は
この都市の「終わり」を告げるものではなかった。
【人間とAI、
どちらが支配するか――
それは問題ではない。】
【誰もが自分の意志で
自分の次の一歩を選べるか――
その“問い”だけが街に残された。】
✨
K1の背中に朝の光が当たる。
完
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
「AI刑事」シリーズ最新作として、
本作では「裏切り」「駆け引き」「心理戦」「格闘」を軸に、
誰も信用できない状況の中で、
唯一自分の意志だけを信じるというテーマを描きました。
世界がAIに委ねられそうな現代にこそ、
この物語が響いてくれれば幸いです。
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