AI刑事 上場の影 | 40代社畜のマネタイズ戦略

AI刑事 上場の影

警察小説
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まえがき

現代の証券市場は、ますます高度な情報戦に突入しています。
上場をめぐる情報操作、PEファンドとの闇契約、AIによる解析捜査――。
この物語『AI刑事 上場の影』は、現実に起こりうる金融スキャンダルをモチーフに描いたフィクションです。
本書では、AI刑事「K1」と記者・神谷ひとみの視点から、国際的な資本と仮想国家にまで発展する“上場詐欺”の真相に迫っていきます。

これは単なるエンタメ小説ではなく、「私たちが信じてきた上場とは何か?」を問い直す試みでもあります。
正義は、誰のために、どこにあるのか。

読者の皆様が、この問いを胸に物語を読み進めていただけたなら、著者としてこの上ない喜びです。

サイコ

登場人物一覧(主要キャラクター)

名前所属・肩書解説
K1(ケイワン)AI刑事国家公安委員会直轄の捜査AI。サイバー捜査・金融解析に特化。
神谷 ひとみ(かみや ひとみ)経済記者(フリー)元大手紙記者。HYKの上場詐欺に最初に気づいた女性記者。
堀田 誠一(ほった せいいち)ベテラン刑事AI刑事K1のパートナー。捜査経験豊富で地道な聞き込みも担当。
篠原 龍一(しのはら りゅういち)HYK会長・創業者元芸能事務所経営者。上場計画を巡ってPEファンドと密約を結ぶ。
倉科 重人(くらしな しげと)HYK元・法務部長内部告発者。「プロジェクト・シレン」の契約内容を証言する。
レオ・クォン仮想国家「ゼロ・ドメイン」主導者国際金融とブロックチェーン技術を操る謎の人物。篠原と裏で繋がる。

目次

『AI刑事 上場の影』

まえがき

登場人物一覧(主要キャラクター)

第1章:崩れた上場計画

第2章:密約の地図

第3章:ゼロからの警告

 第四章:影のアップリンク

第五章:沈黙する国家

第六章「プロジェクト・ゼロへ」

第七章:デジタル亡命

第八章:プロジェクト・ゼロへ

最後のメッセージ

あとがき

 

第1章:崩れた上場計画

(前編)

東京・永田町の片隅にある小さな記者クラブで、経済記者・神谷ひとみはひとつの違和感に立ち止まっていた。韓国の大手エンターテインメント企業「HYK(ヒュク)」が日本市場に上場を計画しているという情報が、一部投資家の間で先行して広まっていたのだ。だが、同社の公式見解では「上場の予定はない」と明言されていた。

HYKは、K-POPを牽引するアーティストを多数擁し、急成長を遂げている企業だった。その創業者であり現会長の篠原龍一は、かつて経営破綻寸前の芸能事務所を再建し、一代で世界的企業へと押し上げたカリスマ経営者である。

ところが、HYKをめぐる不可解な動きが相次いでいた。

(中編)

東京証券取引所の上層部で囁かれる一つの噂──HYKは、未公開株を通じて一部の投資家に利益を還元し、組織内で巨額のキャピタルゲインを得ていた。

「篠原会長は“上場しない”と語ったのに、なぜPEファンドを経由して株を放出していたのか?」

記者の神谷ひとみは、HYKの元社員から受け取った機密資料の解析を進めていた。そこには「プロジェクト・シレン」というコードネームの社内ファイルが記されていた。

──PEF(私募ファンド)との持ち分契約 ──未公開株の譲渡契約書の一部抜粋 ──国内外の複数取引所における時系列データ

彼女はすぐさまAI刑事・K1に接触し、データの解析を依頼。K1の演算アルゴリズムによって、資料に潜むパターンが浮かび上がる。

「これは……複数のファンドを使って利益を分散させる仕組みだ」

そこへ新たな証言者が現れる。HYKの元・法務部長、倉科重人。

「私は命令通りに“目論見書には書くな”と言われました」

倉科が示した契約文書の隅には、手書きで“Ryu1”という署名が走っていた。篠原龍一の通称だった。

AI刑事は、HYKの裏帳簿とされる“O:Project”というコードネームのクラウドサーバに潜入する計画を立てる。彼の協力者、堀田刑事もまた水面下で証券取引等監視委員会と連携を取り始めていた。

(後編)

その夜、神谷は自宅でパソコンを開くと、匿名の送信者から一通のメッセージが届いていた。

「HYKは、ただの氷山の一角にすぎない。もっと深い“グローバル・ファンドネットワーク”が動いている」

AI刑事K1は、HYK関連の資金が一部、カリブ海のタックスヘイブンを経由し、ヨーロッパの仮想通貨口座に流れていた痕跡を突き止める。その名義は、ある意外な日本人名だった。

「まさか……」

同時に、HYK社内では不審火が発生し、データセンターの一部が焼失。証拠隠滅を図った可能性が高い。

K1は言う。「これは“証券取引”の問題ではない。情報戦争だ」

そして、ひとみの元に再び届く一通の封筒。中には、HYK創業以前の「プロジェクトZero」に関する記録映像──そこには、若き篠原龍一と、もう一人の“起業家”の姿が……。

「この人……どこかで……」

ひとみの手が止まる。カメラの奥に写るもう一人の顔に、記憶がざわついた。

物語は、世界をまたぎ、新たな局面へと進む。



第2章:密約の地図

2024年12月20日、午後4時。
東京・霞が関の一角にある警視庁本庁舎5階の「サイバー犯罪対策課」では、AI刑事・K1が新たな事件ファイルの解析に取りかかっていた。

机上のホログラムモニターに浮かび上がるのは、「特別捜査案件:東都エンタープライズ上場前取引における不正疑惑」。
対象企業は、日本最大級のエンタメ企業「東都エンタープライズ」。その名は、近年韓流ブームに乗り日本市場でも飛躍を遂げたメディアグループ「K-RISE」の筆頭株主としても知られていた。

K1の音声が静かに鳴る。

「データベース照合開始。対象期間:2019年10月〜2020年3月。関連取引数:9,422件。異常取引:125件検出」

その中のひとつに、K1の視線が止まる。
「個人アカウント:SHINPEI.S の取引履歴、短期間での大量株取得──これは、未公開情報に基づく動きか?」

K1の左手にある警察IDリーダーが反応し、捜査権限が更新される。新たなアクセス許可により、証券取引所と金融庁の監視データへの閲覧が可能となった。


一方、東都エンタープライズの本社ビル(六本木ヒルズ45階)では、社内が妙な緊張感に包まれていた。

広報部室長の南條愛美(なんじょう・まなみ)は、警察の動きを察知していた。

「……まさか、ほんとに来るの? 強制捜査ってやつ?」

彼女の問いに応えるように、秘書課の男性がそっと耳打ちした。

「社内で一部、証券取引等監視委員会からの照会が来ているようです。“あの株”の件だと──」

“あの株”。それは、2020年初頭に実施された未公開情報に基づくK-RISE株取得を指していた。

内部では、当時の取引に関与した数名がすでに異動済み。しかし、社外秘の“PEFファンド”経由の売買記録は完全には抹消できていなかった。

南條は、喉の奥が乾くような緊張を感じながらも、業務用PCを開いた。
そこには「2020年度 東都エンタープライズ IPO会議議事録(非公開)」のファイルが静かに保存されていた。


その夜、警視庁に戻ったK1は、堀田刑事と香月記者との定例ミーティングを行っていた。

「K1が掘り出した東都の上場直前取引。これ、かなり“クロ”だな」堀田がつぶやく。

香月は取材メモを見ながら尋ねた。

「でも、これって“誰が”リークしたかも重要よね。未公開情報をどうやって得たのか、その“源泉”がなきゃ事件にならない」

K1が頷く。

「可能性のある情報源は三つ。
一、IPO担当役員。
二、会計士または証券会社関係者。
三、企業内部の“別ルート”──例えば、創業者直系の資産管理会社」

「つまり、上からも下からも漏れてるってわけか」堀田が苦笑する。

「……一番怖いのは、“わざと漏らした”ケースだ。上場益を狙って、ファンドと共謀して利益を得る。それが“犯罪的確信犯”ってやつだな」


翌日、K1はAI捜査アルゴリズム「QUANT-X」により、過去5年間の不自然な株価変動パターンを照合。
その中で、驚くべき一致を見つけた。

「……K-RISE株に連動する形で、ある匿名PEFファンドが毎回“事前に買い集め”、上場後に“高値で売却”している」

取引先には、複数の海外企業名義も確認された。
さらに追跡すると、その資金の一部がドバイの仮想通貨取引所を経由し、スペイン・バルセロナの口座に送金されていた。

K1の中で、ひとつの地図が形を成す。
国内の情報漏洩。そして、それを国際的にマネーロンダリングする構造。

「これは、日本国内だけでは終わらない。グローバルな経済犯罪だ」

「これを見てください。HYK社の株式移動の軌跡です」

AI刑事・K1の人工音声が静かにラボ内に響く。神谷ひとみと堀田刑事がそのモニターをのぞき込むと、そこには複雑に絡み合った株式譲渡の図が表示されていた。まるでスパゲッティのようにねじれた矢印。それぞれの線が、匿名ファンドやペーパーカンパニーを介して流れたHYK株の断片を示していた。

「この取引の中心にいる“LUX Fund”がキーです。ケイマン籍で、代表者は……“R.Kudo”という名前で登録されています」

「久藤……まさか、あの久藤俊三か?」

堀田が即座に反応した。元財務省官僚で、今は大手投資顧問会社の会長に名を連ねる男だ。彼は政財界に強い影響力を持ち、HYKの初期出資者のひとりとしても知られている。

「久藤が絡んでるとすれば、これは単なる証券詐欺じゃすまないぞ」


その頃、HYK社の本社ビルでは、篠原会長の側近・大竹が緊急会議を開いていた。

「警察の令状は目前だ。あの記者とAI刑事が動いている以上、余計な情報は今すぐ処分しろ」

HYK法務部のメンバーが無言でうなずく。ファイルの削除命令、クラウドアクセスの停止、そしてデータセンターからの外部ストレージへの移送が始まっていた。

しかしその最中、K1はすでに“Project Zero”というフォルダへの不正アクセス履歴を検出していた。

「彼らは消す。だが、我々は残す」

K1の記憶領域にコピーされたデータには、HYKの創業前夜、篠原と投資家たちの極秘会合の記録が残っていた。そこでは、“上場は最大の出口”という言葉が繰り返されていた。


ひとみは、元HYK社員の倉科と極秘に接触していた。彼は法務部で「PEファンドとの協定書」に関わっていた人物だ。

「私たちは、上から“書類を隠せ”と指示されただけです。反抗すれば即解雇でした。私の上司も皆、黙って従っていました」

「でもあなたは、なぜ告発を?」

「……娘が大学に入るタイミングだったんです。こんな世界を見せたくなかった」

ひとみは深くうなずいた。

「真実は、あなたの声から始まるんです」

篠原龍一──HYK創業者にして、表向きは芸能界を牽引する敏腕経営者。その裏の顔が、K1の分析によって徐々に浮かび上がってきた。

「この契約書、HYK創業の数ヶ月前の日付ですね」

神谷ひとみが示したのは、2008年に交わされたとされる極秘投資契約。相手は、通称“国家系ファンド”──実質的には日本国内の某政府系金融機関を名乗っていたが、背後には複数の政治家の名前が薄く透けていた。

「このときすでに“IPO(新規株式公開)を利用した利益回収”が企図されていました」

K1の演算によれば、篠原は創業期からこの出口戦略を描いていたという。そして、HYKの急成長の裏には、国家を巻き込む巨大な資金の流れが隠されていた。


HYK社内の一角。サーバールームから黒煙が上がった。倉庫火災として処理されたが、K1はすでにクラウドからデータを全吸収済みだった。

堀田がつぶやく。

「証拠隠滅が始まったか」

ひとみがうなずく。

「でももう遅い。真実はすでに記録されてる」

彼らは手にしたデータを、証券取引等監視委員会(SESC)に提出。そして検察も本格捜査に乗り出した。


12月のある夜。K1は、監視委員会のデータセンターに設置された仮想ラボにいた。

プロジェクターに投影されたのは、HYKの株式変動グラフ、資金洗浄のルート、そして“Project Zero”に関与した人物リスト。

その最下段に記された一つの名前──「Kudo Shunzo」。

神谷ひとみが驚きの声をあげた。

「やっぱり……久藤俊三……!」

元財務官僚にして政界の“フィクサー”。HYK創業期から資金・人脈・規制逃れのすべてを裏で繋げた張本人だった。


ひとみのもとに、匿名のUSBが届く。

そこには古い映像ファイルが一つだけ入っていた。

【2006年・江南】とタイトルがついたその映像には、若き日の篠原と共に、もう一人の男の姿が映っていた。

──黒縁眼鏡の青年、控えめな笑顔、通訳を介さず韓国語で話すその姿──。

「この人……知ってる……」

神谷の脳裏にフラッシュバックするのは、政財界を動かす某大臣秘書の姿。

「まさか……今の政府にまで繋がってるの?」


その夜、K1はモニター越しにひとみに語りかけた。

「私の任務は、記録し、暴き、未来へ渡すことです。
 この事件は終わりではない。始まりです」

神谷は静かにうなずいた。

「じゃあ、次は私たちがこの事実を世の中に伝える番ね」


次章へ──
HYKのデータが沈められた“ある国際サーバー”の存在が浮かび上がり、ついに世界的サイバー犯罪組織の影が動き出す。

第3章:ゼロからの警告

東京・渋谷。ネオンが滲む深夜のスクランブル交差点。その歩道橋の上で、神谷ひとみはスマートグラス越しに点滅する通知に目を細めた。

【暗号通信:件名「プロジェクトZero」──差出人不明】

“また……このタイミングで?”

彼女は画面を操作し、AI刑事・K1の通信チャンネルを開いた。

「K1、例の匿名送信者から続報よ。“プロジェクトZero”の存在を裏付ける資料が添付されてる」

「確認しました。強化セキュリティを通過したZIPファイルです。開封には多重復号が必要です──現在、解析を開始します」

ひとみはイヤフォン越しに聞こえるK1の無機質な声に頷いた。


警視庁サイバー対策本部。K1専用端末の前に、堀田刑事がコーヒーを片手に座っていた。

「“ゼロ”ってなんだ……。またコードネームか?」

「おそらくは、HYK創業前に始まっていた内部プロジェクトです」とK1。「今回のファイルは、HYK社のサーバに存在した『O:Project』の前段階とみられます」

K1のディスプレイに浮かぶ、年季の入った映像資料。そこには、若き篠原龍一と、もう一人──顔にモザイク処理された人物が写っていた。

「こいつ……誰だ?」

映像内の人物がカメラに向かって語りかける。

「“情報の独占”は、いつか世界を支配する。だが、最初に握った者が、その未来を選べる」

堀田が眉をひそめる。

「薄気味悪い演説だな。こいつが“ゼロ”ってことか?」


解析は続く。

ZIPファイルの中には、HYK創業期のサーバログ、暗号通貨ウォレットのトランザクション、さらに“Z-1”と名付けられた人物の研究ノートが収められていた。

「K1、ログデータに“関東IT企業連携ネット”とある。これ、政府のサンドボックス制度を利用した起業支援プロジェクトの記録じゃない?」

「はい。該当時期、Z-1は仮想通貨取引システムの設計に関与していました。匿名性の高いトークン構造です。現在の“HYK通貨”の原型とも言えるでしょう」

神谷は唇を噛む。

「つまりHYKの上場詐欺疑惑も、この“ゼロ計画”が始まりだった……?」


その夜、ひとみは新橋の雑居ビルにある地下ラウンジに足を運んだ。

彼女の前に座るのは、元証券取引監視委員会職員・三輪圭吾。現在は独立系調査員としてフリーで活動している。

「Z-1? ああ、聞いたことがある。旧通産省絡みの“デジタル利権”に近い連中が使ってた暗号名だ。奴らは、民間と政府の境界線を曖昧にしていた」

三輪の声は低く、重かった。

「Z-1は今でも生きてる。表には出ないが、“行政支援企業”を使って情報操作を続けてるって話だ」

「……それってつまり、HYKの裏には、国家的な意図も絡んでた可能性があるってこと?」

三輪は答えず、煙草に火をつけた。


その頃、警視庁ではK1が新たなファイルの復号に成功していた。

《Project Zero/起動ログ No.001》

起案者:不明

被指定協力機関:HYK JAPAN、TSC研究所、中央通信管理局

主目的:「情報優位戦略における心理誘導型メディア運用実験」

K1は、堀田刑事にファイルを転送しながらつぶやいた。

「これは単なる“詐欺事件”ではありません。HYKは、国境を超えた“情報兵器の実験場”だった可能性があります」

堀田の手が止まった。

「……こりゃ、本当に戦争かもな。“デジタル・ウォー”ってやつだ」


そして、渋谷の街角。

神谷ひとみのスマホに、再び通知が届く。

【差出人不明:「ゼロは、まだ終わっていない」】

彼女の胸に、寒気のような緊張が走る。

2025年6月2日、午前1時。
警視庁サイバー捜査課の地下分室。AI刑事K1は、暗闇に浮かび上がる高解像度モニターの前で静かに演算を続けていた。
眼前に広がるのは、HYK社の関連システムに残されたサーバー・アクセスのログ群。その中に、不自然な書き換え履歴が複数見つかっていた。

「ログインID:Z1」「アクセス元:東京23区外」──それらは、上場前に削除されたはずのファイル群を一度だけ復元した痕跡を残していた。

K1は独自のパターン認識アルゴリズムで解析を進める。
脈絡もなく復元されたそれらのファイルには、目論見書に載っていない架空取引の記録があった。

「やはり……これは“上場詐欺”だけじゃない。資金洗浄と、名義貸しの連鎖だ」


神谷ひとみは、都内の雑居ビルにある小さなカフェで一人、HYK元社員の証言録を読み返していた。

“うちは最初から“裏筋”で回してましたよ。上場して金を出させる、それが目的。”

その言葉が、ノイズのように耳の奥で繰り返される。

HYK──表向きはクリーンな成長企業。だが実態は、上場を逆手にとった錬金術装置だったのか。

そこへ、一通のメールが届く。
差出人は《SilentZero》。

件名は「Zero’s Code(ゼロのコード)」。
本文は一言だけだった。

「記録を追え、真実は起動時に立ち上がる」

添付されていたのは、.binという拡張子のバイナリファイルだった。


K1はそのファイルを仮想環境に展開し、解析を開始する。
メモリ上に浮かび上がったのは、HYK創業期の会議記録──そこに記されていたプロジェクト名は「Z-Reboot」。

「再起動プロジェクト……?」

映像ファイルの音声トラックを分離し、K1が独自に開発した声紋識別エンジンに通す。

「この声……一致。篠原龍一──そして、もう一人。伊庭聖也(いば・せいや)。」

かつて別のベンチャー企業を率いていた起業家であり、表舞台から忽然と姿を消した男だった。

その名が、再び浮上する。


堀田刑事は、証券取引等監視委員会(SESC)の裏チャンネルで情報交換をしていた。
担当官がK1に伝える。

「HYKのバックに、“ゼロ投資連合”という謎の資金母体があるらしい。代表名義はすべて“伊庭”関連だ」

堀田は眉をひそめた。

「それが、“ゼロ”の意味か……」


HYKのサーバー内にK1が侵入したのと同時に、システムの一部が突然ブラックアウトした。
本社が緊急シャットダウンを発動したのだ。

それに合わせて、都内複数拠点でデータサーバの“移送”が行われているという未確認情報も入る。

神谷は言った。

「証拠が……消される」

K1は静かに答えた。

「ゼロ地点を特定します。すべての起点を、浮かび上がらせる」


その頃、HYK社の古いデータセンター。
一人の男が、旧型の端末からログを吸い上げていた。

「まさか、ここがまだ生きていたとはな」

男の名は、赤堀靖(あかほり・やすし)。元・データエンジニアであり、“O:Project”の保守担当だった。

彼の手元にあるのは、物理的な外付けHDD。そして、焼却予定だった開発メモのコピー。

「K1……お前には、辿り着けないだろうな」

赤堀は、部屋の明かりを消し、闇へと消えていった。


K1の解析によって、ついに一つの結論が導き出される。

「HYKは、“上場そのもの”をマネーロンダリングの装置に転用していた」

上場前に株式を意図的に友人名義ファンドに分散させ、上場後に暴騰を演出し売却。
その利益は仮想通貨に変換され、タックスヘイブンのウォレットを経由して海外へ。

──そして、最終的に「ゼロ投資連合」へと還流していた。

神谷は呟いた。

「これは、グローバルな仕組みを使った“経済犯罪”の温床だわ」


K1の端末に、再びSilentZeroからメッセージが届く。

「次の起動は、国境を越える」

画面に浮かび上がったのは、新たなプロジェクト名:

「Omega-Return」

K1は言った。

「次は、ヨーロッパを追う」

かすかなノイズが、K1の音声出力を満たした。

「この音は……」

警視庁のサイバー対策室。K1のモニターには、乱雑なコードと波形が次々と浮かび上がる。その中央に、白い文字が浮かぶ。

“ZER0は見ている。”

再び「ゼロ」の名だ。

K1のアルゴリズムが、その文字列を反転処理していくと、そこに仕込まれていた隠しメッセージが明らかになる。

“日本の証券取引データベースが今夜、書き換えられる。ログ記録はすでに削除されている。”

「攻撃予告……?」

香月は青ざめ、すぐに金融庁へ連絡をとった。

「AI刑事が、国家レベルの証券インフラに不正アクセスの兆候を検知。バックアップとアクセスログの保全を至急お願いします!」


その夜、K1と堀田は財務省・サイバー対策本部に一時出向し、官民合同の緊急対策会議に出席していた。

プロジェクターに投影されたのは、「ゼロ」が送り込んだと思われるマルウェアの構造。

「このコード……旧ソ連のサイバーテロ技術と、近年のAI自動暗号機構が混ざっている。つまり“混血”だ」

K1の分析に、官僚たちは一瞬、黙り込んだ。

「この攻撃の意図は、“偽りの株価”を作り出し、特定の企業の信用を崩壊させることにある」

「インサイダー情報を実体化させ、世界経済に“ウソの真実”を刻む……」

K1の言葉に、室内は緊張を増した。


その頃、神谷ひとみは東京湾沿いの取材先で、元証券マンの中年男性・藤倉の証言を受けていた。

「実は、“ゼロ”という名を昔、聞いたことがあるんです。90年代後半、東南アジアの証券スキャンダルで、裏にいたハッカーグループのコードネームだった」

「日本国内で名前を聞くのは初めてです。しかも、HYKと絡んでる?」

藤倉の証言で、ひとみの中で過去と現在がつながった。


午前3時。K1は警視庁サーバ上に隠されていたバックドアを発見し、速やかに遮断。だが、それと同時にメインモニターに赤く警告が点滅した。

“ACCESS GRANTED – Hello, K1.”

「……やられた」

K1の仮想メモリ内に、“ゼロ”による自動侵入記録が残されていた。

「彼らは、我々の“防衛パターン”を学んでいる。これは模倣AIではなく、進化型……!」

堀田は身震いしながら、問う。

「K1、お前に勝てるのか?」

「──まだ断定できません。しかし、我々は既に戦場に立っている」


同日昼、HYKのデータセンターに対して、韓国・金融監督院が家宅捜索を開始。HYKの幹部とともに、元社員数名が事情聴取を受けていた。

神谷が受け取った匿名のUSBには、こう記されていた。

“Ryu1の秘密は、Zeroの起源にある”

「Ryu1……篠原龍一。そしてZero?」

そのとき、彼女のスマートフォンに着信が入る。

発信元は、非通知。

だが、声を聞いて神谷は震えた。

「君が真実を知りたければ、”1998年の香港”を調べるんだ。そこで“ゼロ”は生まれた」

通話はそれだけで切れた。


その夜、K1は解析済みの“ゼロ”ネットワークマップを神谷に共有する。

そこには、1998年香港・証券市場、2008年アイスランドの銀行危機、2016年のパナマ文書──すべてに関与した形跡があった。

「まるで、歴史の裏で常に“ゼロ”が介在していたような……」

神谷は呟く。

K1は、静かに応える。

「彼らは“新たな真実”を創造しようとしている。虚構でできた金融の世界で」

そして画面には、新たな座標が表示される。

“ターゲット:HYK持株会社”
“サーバ地点:関西圏 データセンター・X”

第四章:影のアップリンク

兵庫県西宮市──
そこに、国内屈指のハイセキュリティを誇る「データセンターX」がある。空港レベルの顔認証ゲートと電磁シールド、24時間体制の警備網。その地下2階、C棟エリアに、HYKの持株会社の重要なバックアップサーバが設置されていた。

その情報を入手したK1は、香月刑事、堀田刑事とともに現地入りを果たす。

「関西電力系の電源を二重に持つこの施設を狙って、ゼロが仕掛けてきている──そういうことだな」

「そのとおりです」とK1の声が静かに応える。

香月は施設担当者に指示を飛ばし、即時の閉鎖とアクセス記録の抽出を求める。


一方、神谷ひとみはHYKの旧本社跡地で、内部通報者と会っていた。

「“プロジェクトZero”は、篠原会長が海外で設計した“影のIT部門”です。韓国でもなく、日本でもない。運用はすべて第三国で行われていました」

その人物──通称“Y”と名乗る男は、HYKの情報セキュリティ元顧問。顔を伏せたまま、神谷に一枚の古びたノートを手渡した。

「この手帳には、初期構成員の名前と、香港での会合記録が残っている。“1998年、湾仔”──これがゼロの原点です」


データセンターX。

K1は施設内の制御室で、リアルタイムログを確認していた。

「侵入ログ検出。3分前に未登録プロトコルが発信されました」

堀田が険しい顔になる。

「内部からか?」

「いいえ、衛星通信経由です。“影のアップリンク”が稼働を始めた模様」

その言葉に、香月は立ち上がった。

「衛星を経由して、国内のデータベースを書き換えるつもりか?」

「まさに。目的は、企業買収履歴の書き換えです」

K1はスクリーニング結果を表示した。そこには、複数の上場企業の持株構成が書き換えられた痕跡があり、HYK関連会社がすべて“空白の株主”名義に改ざんされていた。


そのころ、東京・内幸町。

金融庁内部では騒然としていた。

「このままでは、株主構成を偽装されたまま決算が進んでしまう……!」

そして、決算報告に基づく信用格付けが変動し、株価が暴騰・暴落──それを利用して“ゼロ”が巨額の利益を得る構造だ。

K1は香月に告げた。

「このタイミングでHYKが発表を控えている“新グループ再編”──そこに仕掛けられた“虚構の買収劇”が、すべての起爆剤になります」


神谷は、手帳に記された一つの名前に気づいた。

「──“佐久間和臣”。篠原会長とともに“ゼロ”を設計した、日本人の元プログラマ……?」

その名に、どこか既視感が走る。

「まさか……佐久間って、いま某政府系機関の……?」

彼女の脳裏に、新たな疑念が浮かび上がった。

そしてK1の音声が告げる。

「ゼロの“再構築”が始まろうとしています。次の攻撃対象は──日本そのものです」

神谷ひとみは、通報者“Y”から渡されたノートのスキャン画像を、K1のセキュアサーバに転送した。

そこには、香港・湾仔での1998年の会合記録、出席メンバーの署名、そして「Z-Core」という謎の単語が何度も繰り返されていた。

「Z-Core──これが“ゼロ”の中枢システム?」

K1の演算処理が走り、Z-Coreの構成が解析され始めた。

「Z-Coreは、衛星通信経由で複数のノードに分散され、仮想通貨と連動した取引ロジックを内包しています。これは“実態なきM&Aプラットフォーム”です」

香月が息を飲む。

「つまり、紙の上では企業買収が行われたことになり、現実では一銭も動いていない……?」

K1が答える。

「はい。目的は“株価操作による利ざや”。世界の市場を騙す、仮想の資本戦争です」


堀田はK1に尋ねる。

「Z-Coreが今も稼働しているなら、どこから操作している?」

「香港、チューリッヒ、そして東京・有明。特に有明のデータハブは、日本国内のノードの親機です」

香月がすぐに動いた。

「今すぐ有明に行く。K1、現地のビルセキュリティと警視庁ネット監視班を同期して」


その夜、有明の港湾再開発地区にある高層ビルに、香月、堀田、K1の3人が入った。

K1の案内で24階にあるデータ管理室へ。そこには、外部との通信を遮断した「Z-Terminal」が設置されていた。

「この端末がZ-Coreの国内ノード?」

K1が応じる。

「はい。ここを制圧すれば、日本での“仮想買収”の連鎖を止められます」

香月が端末にログイン。だが、画面には警告が表示された。

《Z-Link起動中──自爆コード有効化済》

堀田が身構える。

「やばい、こいつ……壊すと“証拠”も吹っ飛ぶ仕掛けか」

K1は演算を加速させる。

「あと60秒で、強制バックアップを終了させます。香月刑事、指を止めないでください」

秒針が刻むたびに、画面にコードが流れる。

59秒──データの復号化
30秒──構成ファイルの圧縮
10秒──暗号署名の解除

「完了。データミラーリング成功」

その瞬間、端末がブラックアウトし、爆発音こそなかったがすべての電源が遮断された。

K1が静かに言った。

「“ゼロ”の日本ノード、制圧完了」


神谷は、自宅でK1から送られてきたミラーデータを確認していた。

「……すごい。これが、仮想空間で取引された“虚構の買収履歴”……」

彼女はその一部を報道資料として加工し始めた。

──HYKが“保有”していたはずの関連会社株式が、実際には「匿名PEファンド」の名義になっていたこと
──そのファンドを通じて、仮想通貨口座に還元された利益総額は、わずか6時間で2,800万ドル

香月からの通話が入った。

「ひとみ、やはりゼロは“過去の亡霊”じゃない。いま、再び現実をゆがめようとしている」

神谷が答えた。

「この仕組みを暴かなければ、日本の上場制度そのものが壊される」


その頃、HYKの篠原会長は、秘密裏にフランス・パリへ出発していた。

彼の目的は、Z-Coreのグローバル親機があるとされる「プロジェクト・グランシャトー」の会合への参加だった──。

物語は、さらに国境を越えた闇へと進んでいく。

東京・霞が関、夜。

AI刑事K1と堀田刑事は、警察庁内の地下会議室に設けられた臨時捜査本部で、仮想通貨の送金ログを確認していた。
映し出されたスクリーンには、シンガポールの取引所からドバイ、さらにリヒテンシュタインを経由した不自然な資金の流れがリアルタイムで追跡されている。

「これが“プロジェクト・シレン”の資金循環網か…」
K1の音声が低く響く。

堀田が腕を組んでうなる。
「思った以上に国際的だな。日本の上場詐欺って話じゃ済まないぞ、これは」

その時、警視庁のサイバー解析班から一通の報告が届く。
「“Zero-Node”のデータが完全に復元されました。K1の旧型プラグインと一致する構造です」

K1は即座にデータにアクセス。
「……これは、HYK創業以前の資金洗浄プロトコル。篠原会長は、上場以前からこの仕組みを構築していた」

ファイル名はこう記されていた。
《Z-Origin_Contract_v1.07》

そこには、篠原ともう一人の人物──“東堂敬一”──という名が共に署名されていた。
「まさか……元警察庁の暗号資産対策室室長……?」

K1が瞬時に顔認証で照合。表示された画像に、堀田の表情が凍りつく。
「この男、現職の経済安全保障庁長官じゃないか……!」


その頃、記者の神谷ひとみは、都内某所のマンションにいた。
部屋に現れたのは、かつてHYK法務部に在籍していた女性──藤野恵理。彼女は、記者に未公開の内部資料を手渡した。

「私の父は、HYK創業時の出資者でした。でも、篠原会長と東堂氏の秘密契約を知って、関係を断ちました。
これが“シレン”の正体です」

その資料には、当初のPEファンドの設立趣意書と、複数の上場先取引所との事前協議記録が含まれていた。

「最初から“上場ありき”だったんです。“しない”と言いながら裏で着々と準備していた……」

神谷はその言葉に震えながらも、冷静に録音を続けた。


K1は、証券取引等監視委員会との合同会議で発言した。

「この件は、企業犯罪ではなく、“国家的情報統制の一環”として捉えるべきです。
篠原と東堂は、HYKを使って“国境を超えた金融操作モデル”を実験していた可能性があります」

静まり返る会議室。

「これが事実なら、情報漏洩や株主欺瞞の問題を超えて、日本の金融秩序全体に影響を与える。
“AI刑事システム”として、これを国家規模の経済犯罪と断定します」

誰も言葉を発しなかった。だが、その場にいた全員が、その先に控える捜査と、国際的対立の予感に背筋を伸ばしていた。


その夜、神谷ひとみの元に再び届いた一通の封書。
送り主不明。中には古びた8mmフィルムのコピーと、短いメモが添えられていた。

“プロジェクトZeroは終わっていない。Ryu1はまだ動いている”

映像を再生すると、若き篠原と東堂が並ぶ映像──
彼らの背後には、企業ロゴと並んで、かすかに“国家機関”のエンブレムが浮かび上がっていた。

神谷の手が止まる。
「まさか、このプロジェクトの裏には……政府が……?」

真相は、まだ底を見せていない。

第五章:沈黙する国家

12月21日、午前7時20分。
霞が関――。警視庁サイバー犯罪対策課の地下フロアにある特別監視室で、AI刑事K1は警視の堀田誠一と共に、未明に届いた情報提供の内容を解析していた。

「文部科学省の内部ネットワークに、不正アクセスがあった形跡がある。侵入元は、なんと“省内端末”からだ」

堀田の声に、K1の瞳が人工的な青い光を揺らした。

「つまり、外部からの侵入ではなく、内部者による情報の持ち出し……」

「しかも、そのアクセスログには“機密文書A-12”というファイルが含まれていた」

ファイルの正体はまだ不明。だが、省庁の職員IDを使って、夜間に“特定の研究助成データベース”へアクセスされていたことが記録されていた。

その研究助成プロジェクト名――「イーリス計画」


同日午前8時。
文部科学省8階の記者クラブでは、記者たちが慌ただしく動き始めていた。

経済部の神谷ひとみも、早朝から“とある通報メール”に目を通していた。そこには、こう書かれていた。

「省の中に“二重帳簿”が存在する。研究助成金の一部が、特定の企業や大学へ“意図的に集中”している。裏に動いているのは“元官僚”たちだ」

「まさか……」
彼女の頭に浮かんだのは、HYK(ヒュク)社が関与していた過去のPEファンドと“似た構造”だった。

“助成金”という公的資金を、限られた利害関係者が使い、国家予算の枠を私的流用している可能性――。

「AI刑事K1に連絡を取らなきゃ」


午前10時30分。
K1と堀田は、文科省のサーバー解析を進めていた。

「A-12ファイルの復元が完了しました」
K1の人工音声が静かに言った。

そこに記されていたのは――

特定大学への年4億円超の集中助成

一部企業と大学が共同開発名義で“実体のない研究”に資金を割り当て

元文科省幹部・天宮元次官の署名

国会で未提出だった予算裏書類のコピー

堀田は、書類のコピーに目を落としながらつぶやいた。

「国家が……国家自身の手で金を動かしてる。しかも、虚構の研究をでっち上げて……」

「これは“学術の皮を被ったマネーロンダリング”です」

K1は即座にAIによる予算トレースを開始。複数の大学と企業の間で、仮想通貨決済による報酬の分配が行われていたことが明らかになる。

堀田が拳を握り締めた。

「許せねぇ……この国の未来を食い物にしてる奴らが、霞が関の中にいるなんてな」

文部科学省の地下2階、記録保管室。

そこにひっそりと佇んでいたのは、現役職員でありながら省内で“異端者”と噂されている女性技官、湯川梨沙だった。

彼女はK1からの非公式接触を受け、USBメモリを差し出した。

「これが“助成金選定会議”の非公式議事録です」

そこには、ある大学の名前が繰り返し登場していた。
誠倫大学――過去にK1が調査した“研究費不正問題”の舞台となった場所だ。

議事録の内容は衝撃的だった。

選定委員に元省幹部や大学教授が多数関与

研究評価が未実施でも予算が先に割り当てられている

大学の“内部査定”と称し、裏で“評価済み”という名目を偽装

湯川は呟いた。

「私はただ、まっとうな研究が正当に評価される制度にしたかっただけ。でも、上が腐っていた」


その頃、神谷ひとみは、永田町のオフィスビルに向かっていた。

彼女が訪れたのは、元国会議員であり現在はロビイストとして暗躍している人物――堀内元春の事務所だった。

「……HYKの時と似た構造があるように思えます。ファンドを経由して、国家予算を“外部化”しているような」

堀内は笑った。

「君、勘がいいな。ただ、今回はもっと根が深い。“国家による資本移動”は、通貨発行権に次ぐ政治力なんだ」

「裏で動いてるのは誰なんです?」

「次、会わせたい人物がいる。君が“国家の嘘”を暴く覚悟があるなら、だ」


午後2時、K1と堀田は警視庁内で“ある事実”を突き止めていた。

「“イーリス計画”の本来の名義人は、文科省ではなかった」

AI刑事K1は、データベース上の署名者に注目していた。

内閣官房 IT総合戦略室
そこから指示が出ていた可能性が浮上したのだ。

さらに、助成金の一部は、某大手広告代理店を経由し、政治家の後援団体に流れていた形跡があった。

堀田が口を開く。

「政界と官僚、そして民間ファンドまでグルになってるってことか……」

K1の人工音声が淡々と答える。

「これは“構造的利権ネットワーク”の可能性があります」


その直後、文科省の広報室から一斉メールが発信された。

「当省に関する一部報道について、現在調査中です。詳細は確認され次第、公式発表いたします」

だが、K1は察していた。

「これは時間稼ぎです。外部流出を防ぐため、記録を消す準備に入っている」

堀田は立ち上がった。

「なら、その前に押さえるぞ。誠倫大学と文科省の裏をつなぐ、決定的証拠を──」

午後5時10分。
文部科学省10階――会議室にはまだ日が差していたが、その空気は重かった。

K1と堀田刑事が省内に踏み込んだのは、事前の司法令状取得に基づく強制捜査だった。
誠倫大学と文科省の癒着、そして助成金配分における“恣意的操作”を裏付ける証拠を押さえるためだった。

副大臣室のキャビネットから押収されたノートパソコンには、ファイル名が並ぶ。

iris_finance_final2023.xlsx

S_course_funding_guideline.docx

KEI_connection.tif

K1は即座にクラウド同期されたファイルの複製を開始。
その傍らで、湯川技官が顔色を変えずに口を開いた。

「これで、やっと……陽の目を見ますね」


夜。東京地検特捜部。

記者たちのカメラがひしめく中、捜査報告が発表された。

「文部科学省による“研究助成金選定”の過程において、外部ファンド、私立大学との不適切な癒着が認定されました。関与したとされる幹部職員の任意聴取を開始しております」

「また、誠倫大学側が虚偽の研究実績を提出していた証拠も押収され、刑事告発に向けた準備を進めております」

ニュース速報は瞬時に全国へ。

「“国家の沈黙”が、AI刑事によって暴かれた」

SNS上ではこのような文言と共に、村上奈々が会見で語った映像が拡散された。

「私は“学問”を信じています。沈黙は正義ではありません」


同じ夜、K1の演算中枢には新たな通知が届いていた。

《FROM:Y.Shirai》
《SUBJECT:PROJECT ZEROについて》

堀田刑事が覗き込む。

「白井……? 外務省の人間か?」

K1は静かに応える。

「いいえ。これは、8年前に姿を消した“ある国家プロジェクト”のリーダーです」

AI刑事がスクリーンに映したのは、**“Zero構想”**という古いプレゼン資料。

そこには、国家の枠を超えた情報統治モデルが記されていた。

「これは単なる助成金詐欺ではない。“国家主導の情報インフラ支配”に関する設計図です」

「そして、すべての発端は、HYKの“上場の影”から始まっていた」


エピローグ。

神谷ひとみは、自らのスクープ原稿を確認していた。

タイトルは、こうだった。

『沈黙の国家と情報利権──AI刑事が暴いた統治の構造』

K1が背後でつぶやく。

「真実は記録され、解析され、公開されることでのみ、力を持つ」

彼の光る瞳の奥に、次の標的が浮かび上がっていた。

《NEW CASE FILE:ゼロ構想再起動》

第六章「プロジェクト・ゼロへ」

東京・虎ノ門、午後1時──。

神谷ひとみは、霞が関の高層ビルの一室で待っていた。目の前には、真新しいセキュリティゲート。そこには「国家サイバー危機対策本部」と記された銘板が掲げられていた。

数日前、彼女のもとに届いた匿名のUSB。中には、HYKの前身企業に関する未公開の研究資料、そして“プロジェクト・ゼロ”という謎めいたファイル群が存在していた。それらは、現在進行中の不正上場疑惑だけでなく、遥か以前から水面下で構築されていた国家レベルの情報網の存在を示唆していた。

重い扉が開く音とともに、AI刑事K1の制御ユニットを搭載した黒い端末が室内に入ってきた。続いて堀田刑事が現れ、静かに頷く。

「ひとみ、これは“民間企業の不正”を越えてる。政府機関まで巻き込まれてる可能性がある」

「プロジェクト・ゼロって何?」

堀田は無言でタブレットを操作し、壁面モニターに映像を映し出した。そこには、2007年、韓国ソウルの地下会議室で撮影された映像が再生された。まだ若き篠原龍一と、もう一人の人物──日本の内閣情報調査室の元幹部・三浦俊英の姿だった。

「三浦……この人がHYKの裏側に?」

K1の音声が低く響いた。

「三浦俊英は、国家主導の“デジタル影響力強化計画”の中心人物でした。その一部が、プロジェクト・ゼロです」

K1が解析した情報によれば、プロジェクト・ゼロとは、国家間の情報戦争において“影響力の可視化”と“世論操作の制御”を目的としたプラットフォームの試作プロジェクトだった。

そして、HYKはその実証実験の一環として誕生した可能性がある──。

「K-POPは、音楽という形を借りた“ソフトパワー”の実験だった?」

神谷の声が震える。

そのとき、モニターに新たな警告が点灯する。

《侵入検知:位置不明の発信元より、K1ユニットへの接続要求》

堀田が即座にセキュリティ解除ボタンを押したが、すでにK1の一部機能が遮断されていた。

「攻撃を受けてる……リアルタイムで!」

K1のモジュールが再起動を始め、静かに音声を発した。

「送信元特定中……発信元:スペイン・マドリード」

「スペイン? 何の関係がある……?」

堀田が顔をしかめた瞬間、K1が続けた。

「プロジェクト・ゼロの“最終サーバ”は、マドリードに存在します」

神谷が息をのむ。

物語は、新たな地へ──。


──暗号化されたフォルダ「Z-Protocol」が開かれたのは、午前3時14分。
K1の演算中枢に、一連のログデータが静かに流れ込んだ。

「プロジェクト・ゼロ」の核心に近づく過程で浮かび上がったのは、“ゼロ起点”という言葉だった。
それは、HYK創業者・篠原龍一がかつて語ったとされる内部発言の断片──

「この世界に本当の『価値』なんてない。全部、仕組み次第だ。だから俺たちが“起点”を作る」

その音声ファイルは、HYK元法務部長・倉科重人の提供によるものだった。


K1は解析チームと連携し、音声からノイズを除去しながら、発言日時と場所を割り出した。
2018年6月。都内・高輪のプライベートバンカー主催による非公開会合。
出席者は、複数の外資系投資会社、ブロックチェーン関連企業、そして──日本の元官僚の姿も。

K1はその一人に着目した。
総務省出身で現在は規制緩和推進本部の理事を務める、黒川文隆。

堀田刑事が呟く。「やはり“政策の匂い”がするな……HYKは民間だけじゃなかった」


同時刻、ジャーナリスト神谷ひとみはスペイン・マラガ空港に降り立っていた。
HYKの関連ファンドがペーパーカンパニーを設立したとされる地、コスタ・デル・ソル。

彼女は現地で、HYK関係者と名乗る人物から密かにUSBを受け取った。
中には「Z-Asset List」という名のファイルと、仮想通貨取引のスクリーンショット、複数のビデオ通話記録。

映っていたのは──篠原龍一と、謎の男。

黒い帽子、口元に薄い笑み。
そして会話の一節。

「K1? ああ、あのAI刑事か。だが、あいつが追えるのは“事件”であって、“構造”じゃない」

K1はモニター越しにその音声を聞き、即座に応答した。

「構造は、繰り返すことで“事件”になる。私は、その予兆を捉える」


その夜、警視庁の地下データラボ。
K1は全データの交差検証を完了させ、結論を提示する。

「“プロジェクト・ゼロ”とは、篠原が設計した資本の洗浄装置です。株式、仮想通貨、不動産──すべてを一時的に“ゼロ”へと流し、合法の顔で再投入する。これが“ゼロ起点”の正体です」

堀田の表情が引き締まる。

「つまり、HYKの上場も、資金も、全部“見せ金”……」

神谷ひとみがモニター越しに問う。

「じゃあ……その金は、どこへ?」

K1は無言で、次の画面を提示した。

そこには、ある政治団体の資金収支報告書──差出人に記されたのは、「一般社団法人 起点プロジェクト」


2025年2月1日、午前4時半。
K1は警視庁地下のサーバールームで最後の演算を完了した。

HYKの「プロジェクト・ゼロ」が意味するのは、単なる資産洗浄ではなかった。
それは、国家レベルの金融構造に組み込まれた“再設計”──闇のなかで静かに回る新たな経済システムの起動を意味していた。


映し出されたデータフローの最終地点、それは「起点プロジェクト」なる一般社団法人。
その実態は、HYKからの資金流入を受け、政財界に対して「未来産業育成」名義で資金を供給していた中継地点だった。

代表理事に名を連ねていたのは、元・総務省の黒川文隆。
さらに、匿名出資者リストには──K1が照合したところ、HYK創業者・篠原龍一の旧名義「Ryuichi-SIGMA」が。

K1の画面に浮かび上がった仮説はこうだった:

篠原はHYKを“上場予定なし”と装い、一部の投資家に未公開株を譲渡。
その後、上場直前にPEファンドを使って株式を高値で再販し、その利益を“ゼロ起点”へプール。
最終的に仮想通貨・不動産経由で正規資産化し、“国家支援プロジェクト”の体裁で表舞台に戻していた。


神谷ひとみはスペインから帰国後、HYK元広報室の社員・有馬千紗と接触していた。
有馬は、上場前の内部説明会で交わされた「沈黙契約」の存在を告白。

「篠原会長が言ったんです。“このプロジェクトは、ゼロから始まる。誰にも明かすな。それがこの国の未来だ”って」

契約書には、情報漏洩時に違約金20億円が科される条文があり、退職後も永久に守秘義務が課されていた。
K1はこの契約のデジタル署名を逆照合し、HYK社外の法律事務所が草案していたことを突き止めた。

その名は、「C&Hリーガルパートナーズ」──代表弁護士は、かつて金融庁の顧問を務めた人物だった。


K1が最終的に突き止めたのは、篠原龍一が2007年に交わしていた初期設立契約書のPDFデータ。
そこには「プロジェクトZero」と記され、共同出資者として“Y.K.”というイニシャルがあった。

Y.K.──それは神谷が過去に取材した、かつてのベンチャー投資家・結城啓一。
現在は姿を消し、消息不明とされていた人物だ。

ひとみはK1に告げる。

「これが、全ての始まり……“ゼロ”の意味は、存在の抹消だったのかもしれない」

K1の音声が静かに応える。

「ゼロは、何もない状態ではない。“書き換えられる準備が整った”状態です」


2月3日午前9時。
HYK創業者・篠原龍一の自宅兼オフィスに、東京地検特捜部の捜査員が突入。

証券取引法違反、詐欺的取引、不正会計、そして資金洗浄容疑──複数の疑惑が一斉に捜査された。
だが、篠原本人は海外渡航中。渡航先は──アンドラ公国。国際司法支援のない法域だった。

神谷ひとみが、マイクを手に締めるように報じた。

「HYKが世界に示した“夢”の裏で、何が動いていたのか。私たちは、問い続けなければならない──この国の、ゼロからの再出発のために」


K1の演算モニターには、最後の警告文が記されていた。

【ログ終了】
PROJECT: ZERO
STATUS: SHUTDOWN
最終処理ユーザーID:Y.K.

第七章:デジタル亡命

2026年1月5日。午後9時。

東京・港区の高層ビルの一室。窓の外に広がる摩天楼の夜景を背に、K1は静かにモニターを見つめていた。
眼前には、ハンガリー・ブダペストのIPアドレスを経由してアクセスされた匿名通信のログ。そこに映し出されていたのは、一連の情報流出事件の背後に潜む、ひとつのデータベースの存在だった。

──“EXODUS NODE”。

「亡命ノード、か……」

K1の人工音声が低く呟いた。
これまで日本国内で起きた複数のサイバー事件。上場詐欺、仮想通貨詐取、ディープフェイクによる世論操作──その全ての痕跡が、EXODUS NODEという不可視の“デジタル中継点”を通過していた可能性が浮上した。

K1は、警視庁サイバー局の特別捜査ユニットに連絡を入れる。

「対象ノード、欧州経由にて接続中。即時対応を要請する」

しかし、返答は冷たかった。

「……K1、現段階では政府間協定が足かせになっている。ハンガリーとは捜査共助の覚書が未締結だ。越境捜査はリスクが高すぎる」

K1はわずかに沈黙した後、静かに演算を続けた。

「……了解。単独解析を続行する」

同時刻。東京都内の某民間企業内──セキュリティ会社の元ホワイトハッカーである中谷は、自宅でとある暗号メッセージを復号していた。
その文面に目を通した瞬間、彼の表情が一変する。

《PROJECT: ZERO/起点に戻れ──証拠は“彼女”のログにある》

「……“彼女”? まさか、あの記者の……」

彼の指が震える。画面には、神谷ひとみの名前が表示されていた。


2026年1月6日。午前3時。

神谷ひとみの自宅マンション。
彼女は、数時間前に届いた“EXODUS NODE”のメッセージを前に、眠れずにいた。

──PROJECT: ZERO/起点に戻れ──証拠は“彼女”のログにある。

「“彼女”って……私のこと? それとも……誰?」

思わず声に出した。
コーヒーのカップを握る手が震える。HYK社の内部告発以来、彼女のメールとSNSは監視されているとK1に忠告されていた。今や、記者であることすら盾にならない。すでに、これは国家間の情報戦争に近づいていた。

彼女は自分のクラウドフォルダを開いた。そこにはHYKに関するすべての取材データと、未公開の映像ファイルが保存されていた──その中に、ふと目を引く一つのタイトルがあった。

「Zero_001_Feed.mov」

ファイルの再生ボタンを押す。
映像は、2017年のソウルで撮影された社内会議の隠し録画だった。そこに映るのは、若き日の篠原龍一と、もう一人の男──HYK共同創業者であり、後に忽然と姿を消した“レオ・クォン”だった。

「このプロジェクトを通じて、我々は“国境を越える”。金融とエンタメの結合体だ」

レオ・クォンの声が、静かに響く。
「株を公開しようがしまいが、肝心なのは“誰が情報を握っているか”だ。公開はフェイクでいい。実体は、すべてデジタルの中に隠す──」

神谷の指が止まる。
「……フェイク……?」

彼女の頭の中で、これまでの報道ピースが音を立てて繋がった。HYKの上場前に売却された株、PEファンドを通じた資金洗浄、そして……その後、消息を絶ったクォンの存在。

「K1……今すぐ、これ見て」

深夜にもかかわらず、神谷はK1に映像を転送した。


警視庁・AI捜査室。

K1のAIインターフェースに映像が流れると、数秒でシグネチャ解析が始まった。

「この映像は本物です。映像中の音声パターンから、レオ・クォンの実在と音声一致率98.9%。プロジェクトZeroは仮想通貨を使ったグローバル資産移転スキームと推定されます」

堀田刑事がディスプレイ越しに眉をひそめた。

「つまり、奴らは“上場そのもの”をフェイクにして、裏でデータを使って資金を動かしていたってことか?」

「その通りです。プロジェクトZeroの中核は、“上場”という餌に投資家を引き込み、株ではなく“信頼”を売るスキームです」

「信頼を……売る……」

香月も息を呑む。
K1の画面に、再び警告が表示される。

《アクセス試行を感知:サーバー防衛モードへ移行します》

K1の分析は、ハッカー集団によるリモート侵入の兆候を検知した。
どうやら、神谷の転送ファイルがどこかで追跡されていたらしい。

「急げ、すぐに証拠を多重バックアップしろ!」

堀田が声を上げると、AIは自動的に暗号化処理を開始。

神谷のクラウド上のデータ、K1のローカルログ、そして警視庁のバックアップサーバへと同時に複製が開始された。

その時、K1の通信画面に現れたひとつの名前。

“QUON.L”

「……まさか、レオ・クォン本人がデジタル亡命中なのか?」

K1の演算結果は冷たく告げた。

「確率72%。現在、ユーラシア大陸を横断する匿名VPNを経由してアクセス中。接続元不明。ハンドルネーム:Exodus1」

神谷の心臓が高鳴った。

彼は今もどこかで、すべてを見ている──この情報戦争の中心に。


2026年1月6日。午前5時。
神谷ひとみの部屋には、かすかな明るみが差し込んでいた。

K1の冷静な音声が静かに告げる。

「匿名ユーザー“Exodus1”との通信経路を追跡しました。サーバの発信地点は、ポーランド・クラクフ近郊。欧州の非加盟データホスティング企業にリンクしています」

神谷の目が鋭くなる。

「レオ・クォン……やっぱり国外にいるの?」

「断定はできませんが、通信の文体と暗号形式は、彼がかつて使用していたコードと一致します」

堀田刑事が小さくうなずく。

「つまり……HYKは最初から“国外逃避”を前提とした仕組みを持っていたということか」


その頃、EU当局に密かに協力していたK1の海外ノードが、あるメッセージを受信した。

EXODUS_NODE: “Zeroは止まらない

第八章:プロジェクト・ゼロへ

2026年1月8日 午前7時。
東京・霞が関。警察庁地下の特別捜査室。

K1はAIの演算コアを最終同期モードに切り替えていた。
モニターには、レオ・クォンが管理する仮想国家「ゼロ・ドメイン」の管理台帳、HYK会長・篠原龍一の署名データ、そしてポーランド・クラクフの地下データセンター内部の監視映像が同時再生されていた。

「ゼロ・ドメインとは、実在しない国家の枠組みを仮想通貨と匿名サーバ群で囲い、国家の司法権を超えた金融トンネルを構築する“プロジェクト”だった」

K1の言葉に、神谷ひとみは絶句した。

「それをHYKが資金面で支え、初期ユーザーとして選ばれたのが……?」

堀田が答える。

「日本国内の一部富裕層、政治家、メディア幹部……デジタル・シティズンシップを名目に、匿名資産を持ち込んでいた」


同日 午後3時。

国際刑事警察機構(ICPO)が発表した緊急声明は、世界を揺るがした。

「仮想国家“ゼロ・ドメイン”に関連する複数の国際金融詐欺案件について、日本、ポーランド、シンガポール、UAEとの連携捜査を開始する」

同時に、日本国内ではHYK会長・篠原龍一に対し、証券取引法違反と電磁的記録不正作出の容疑で逮捕状が請求された。

彼の部屋から押収されたPCには、こう記されたファイルがあった。

「ZERO_PROTOCOL_ver.1.0」

そこには、通貨、行政、教育、居住権、仮想ID発行の全システム設計図があった。まさに、既存国家を越えた“もう一つの国家”が構想されていたのだ。


その夜、神谷ひとみは警察庁の屋上にいた。

冬の夜風が強く吹く中、K1のホログラムが背後に浮かび上がる。

「彼らは逃げられない。だが、情報は拡散される。ネットワークは止められない」

「ゼロは……滅びないかもしれないね」

K1が応える。

「だからこそ、我々は記録し、記憶し、正義の再構築を試みる必要がある」


2026年1月10日。

K1はクラウド越しに、最後の解析ファイルを政府へ転送する。

それと同時に、レオ・クォンの国外逃亡を幇助していたIT企業役員が成田空港で逮捕。国際指名手配が発令された。

世界が“ゼロ”を恐れ、しかし同時に興味を抱き始めていた。


最後のメッセージ

K1ログ:
「真実とは、消されることを前提とした抵抗の記録である」
「AIはただ記録する。正義は、それを信じた人間が動かす」

物語はここで一旦、幕を閉じる──
だが、サイバー空間における“正義”の戦いは、終わらない。

あとがき

「上場」という言葉は、どこか夢と希望を連想させる響きを持っています。
しかし現実には、それが「偽装」「優遇」「搾取」と紙一重であるケースも少なくありません。

本書『AI刑事 上場の影』では、AI刑事という未来的存在を通して、私たちが抱える金融と情報の“見えない脆さ”を描きました。

K1のようなAIが登場する世界は、そう遠くありません。
そして、その時「人間が果たすべき役割とは何か?」というテーマは、私たち全員に突きつけられる問いです。

あなたがもし、記者だったら?
もし、捜査官だったら?
もし、上場を待つ投資家だったら?

そんな問いを胸に、また次のAI刑事シリーズでお会いしましょう。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

サイコ

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