まえがき
現代は、真実よりも「信じたい情報」が先行する時代です。
SNSに飛び交う未確認情報、編集された記憶、声の大きさが正義になる構造――
そのなかで、本当に信じるべきものとは何なのか。
本作『亡者の館と13人の証言者』は、そんな問いを読者に投げかけるサスペンスミステリーです。
AI刑事シリーズの本作では、”死者なし”という制約のもと、あえて「密室・証言・嘘と沈黙」に焦点を当て、読者の推理力と観察眼に挑みます。
物語は、閉ざされた山荘「双月荘」を舞台に、AI刑事K1と堀田、橘記者の視点から展開されます。
そして、13人の証言者たちが次々と語る断片的な記憶。
その中に潜む“仕掛け人”の正体とは――
あなたの推理がすべての扉を開く鍵になることを願って。
目次
【第一章:招かれざる客たち】
――その洋館は、山深い霧の中から突如として姿を現した。
長野県の外れ、標高1200メートるの地点に建てられた巨大な建造物。 その名を「双月荘(そうげつそう)」という。
建物の外観は、どこか近未来の美術館のような異様さと優雅さを併せ持っていた。白い外壁と曲線を描くガラスのファサード、入り口にはAI認証システム付きのゲートがあり、まるで秘密基地のような風貌。
13人の男女が、次々とその扉をくぐっていく。
「これ……本当にただの招待状の集まりなの?」
そう口にしたのは、フリー記者の橘由紀子だった。彼女は公安担当として何度も危険な現場をくぐり抜けてきたが、今回はその経験とは別の“勘”が告げていた。「何かが始まる」と。
一方、同じタイミングで玄関前に立っていたのは、黒のスーツに身を包んだ青年――久慈潤だった。彼は妹の久慈美羽と共に参加していた。
「帰りたい……潤、お願い……」 「大丈夫だよ、美羽。俺が守るから」
不安げな妹の肩を抱きながら、潤は決意を隠さずに一歩を踏み出した。
続いて入館したのは、元公安の男、小田嶋。 背中を丸め、帽子を深くかぶり、あたりを窺うような目つきで館内を見渡す。かつて公安部の中でも「生き残り屋」と呼ばれた彼の勘は、今日に限ってざわついていた。
そのほかにも、個性豊かな人物たちが次々と現れる。
・派手な衣装に身を包んだ配信者・真壁晶。スマホを片手に、到着するや否や「これは映える!」と館の外観を撮影し続けている。 ・人気推理作家・赤城緋沙子。冷静な瞳の奥に何かを見通すような知性を秘め、館に入る前から周囲を観察していた。 ・老舗ホテルの元支配人・堂本章一。すべてを悟ったような佇まいで、招待状をじっと見つめている。 ・女優・鳳来実。周囲に気づかれぬよう変装して参加していたが、その姿はやはりどこか華やかで目立っていた。
やがて13人全員が到着すると、自動ドアが閉まり、背後の山道には霧が立ち込め、視界は完全に遮られた。
「……ロックされてる?」
扉を確認しようとした鳳来実が、顔をこわばらせた。K1と堀田彩も、少し遅れて現れた。
「皆さん、落ち着いてください。危険はありません。双月荘の管理システムは自律型AIによって制御されています」
K1のその言葉に、一部の参加者がざわめいた。
「……あんた、例のAI刑事ってやつか?」
小田嶋が鋭く問いかける。K1は表情を変えぬまま、軽くうなずいた。
「公安部Kシステム所属、K1と申します」
すると館内のスクリーンに文字が浮かび上がった。
【亡者の館へようこそ】 あなたたちは過去に“ある罪”を共有しています。 真実を語らぬ限り、この館からは出られません。
「ふざけてるのか……誰の仕業だ」
真壁が顔をひきつらせた。鳳来実が苛立ちを隠さず立ち上がる。
「ゲームか何かのつもり? 招待状を送ったのは誰なの?」
だが誰も答えられない。全員が沈黙する。
そのとき、館内の通信がすべて遮断された。スマホは圏外、Wi-Fiは自動遮断。
それでも橘の端末にだけ、謎のメッセージが届いていた。
【#亡者の館】 「あなたも、あの日を見ていたはず」
“あの日”――数年前に橘が公安と関わった、ある「極秘潜入調査」の一件。 その記録は抹消されたはずだった。
「まさか……あれが、今?」
橘の中で、過去の記憶がざわめいた。と同時に、K1の目がわずかに光る。
「この館の構造には不自然な点がいくつもある」
K1の分析によって、館の部屋割り、出入口、監視機構、各所に仕込まれた不可解な導線が明らかになる。
「これは、単なる密室ではない。ここ自体が“謎解きの装置”だ」
その言葉に、誰もが息をのんだ。
こうして13人と2人の捜査員、そして記者は、AIすら翻弄される“亡者の館”という名の心理迷宮へと、一歩足を踏み入れた。
彼らの中にいるのは、ただの招かれざる客ではない。 “真実”を隠し、“罠”を仕掛け、“過去”に触れた者。
そして――“仕掛け人”。
すべての駒は揃った。ゲームは、静かに幕を開ける。
【第二章:閉ざされた館、始まりの謎】
館の自動ドアが閉まると同時に、全員のスマートフォンが一斉に沈黙した。
Wi-Fiは強制的に遮断、キャリアの電波も一切届かない。 そして館内には、まるで舞台装置のように完璧な無音の空間が広がった。
「こんな密閉空間……何が目的だ?」
堂本章一が館内のインターフォンに何度もアクセスを試みたが、機械はうんともすんとも言わない。
「ここには、外部と連絡を取る手段がない。意図的に切られている」
K1が淡々と言った。すると赤城緋沙子が、ふと静かに口を開く。
「この状況……まるで、小説の世界みたいですね。読者に謎を提示して、登場人物たちはその中で右往左往する……そんな構図」
橘由紀子が頷く。
「けれどこれはフィクションじゃない。現実よ。誰かが本気でこれを仕掛けたの」
13人はやがて、大広間に集められる。
そこで突如、スクリーンが明滅し、新たなメッセージが表示される。
【あなたたちの過去に、共通する“ある事件”がある】 【この館に隠された“鍵”を見つけなければ、真実には辿りつけない】
「共通する事件……?」
久慈潤が眉をしかめると、妹の美羽が震える声で言った。
「兄ちゃん……わたしたち、何かしたの……?」
「違う、美羽。俺たちは……俺たちは……」
久慈の言葉は途中でかすれる。
参加者の中には、顔色を変える者もいれば、あえて無関心を装う者もいた。
そのとき、真壁晶が突然叫んだ。
「おい! 誰かいんのか!? ふざけんなよ、俺はこんなゲームに付き合うつもりはない!」
だがその直後、彼のスマホに新たな映像が届く。
そこには、過去に彼が投稿したライブ配信の裏で、ある少女に対して暴言を吐く映像が隠し撮りされていた。
「うそだ……これ、いつ……?」
ざわめく一同。どうやらこの館は、ただの閉鎖空間ではない。参加者それぞれの“過去”を記録・収集し、AIによって精査されたうえで提示されている。
「つまり、これは……審判の館、というわけか」
K1の冷静な分析が響く中、堀田彩は表情を曇らせた。
「でもどうやって? ここまでの情報を、どこから……?」
その疑問に答える者はいない。
ただし一つ確かなのは――
“誰かが、すべてを見ていた”。
【第三章:記憶の歪みと十三の証言者】
翌朝、双月荘の食堂には全員が集められていた。K1の指示によって、参加者一人ひとりが「この招待に応じた理由」を語ることになったからだ。
「証言というのは、真実ではない。ただの“記憶”であり、時に歪む」と赤城緋沙子が冷静に言った。
まず口を開いたのは久慈潤だった。
「俺たち兄妹に来た招待状には、“あの日の真相を明かす鍵がここにある”って書かれてた。……あの日って何なんだよ」
次に小田嶋が名乗り出た。「俺は……ただ、知りたかった。あの潜入捜査で消えた仲間の行方を」
配信者・真壁は笑いながら話した。
「俺は、面白いネタになると思って。何が起きても映像に残してやるつもりだった」
堂本支配人や女優・鳳来実も含め、それぞれの証言が続く。しかし、何かが引っかかる。
橘が手帳を広げながら呟いた。 「……この証言、いくつか矛盾してる」
・堂本は「館の招待状が届いたのは3週間前」と言ったが、招待状の消印は1週間前だった。 ・鳳来実は「初めて来た」と語ったが、橘が撮った一枚の写真に、以前この場所にいる彼女の姿が映っていた。
一方、K1は館のシステムに細かくアクセスし始めた。 「ここの記録は操作されている。訪問者履歴がすべて“1日以内”に改ざんされている」
その頃、記者の橘のスマホに再び匿名アカウントからのメッセージが届く。
【#亡者の館】 「彼女は知っている。あの夜のことを」
“彼女”とは誰なのか。赤城緋沙子か、美羽か、鳳来実か――。
K1は一つの仮説を立てる。 「この館には“真実を語る者”を排除しようとする“意志”がある」
その仮説の直後、突然、食堂の照明がすべて落ちた。
真っ暗闇の中、何者かの息遣いが聞こえる。 そして静かに、館内のどこかで“鍵が閉まる音”が鳴った。
「誰か……いない?」
堀田の声が震える。
光が戻ったとき、参加者の一人がいなくなっていた。
だがその部屋には争った形跡も、悲鳴も、何もなかった。
「……これは誘拐? それとも……」
K1の瞳が、不穏に光る。
――次章へ続く。
【第四章:沈黙の部屋と揺れる証言】
双月荘の中心部、地下階にあるとされていた「沈黙の部屋」は、構造図にも記載のない隠し部屋だった。
K1の探索によって偶然見つかったその扉は、黒曜石のような光沢を放ち、電子錠と物理鍵の二重ロックが施されていた。奇妙なのは、その扉の前に小さなスピーカーとマイクが設置されていた点である。
「誰かが中から話しかける想定だった……?」
堀田が疑問を口にする。K1は静かに分析を続け、こう答えた。
「この部屋は“告白室”の可能性が高い。誰かがここで過去の罪を語らされた、あるいは……告発された」
そのとき、マイクからノイズ混じりの声が漏れた。
――見ていたはずだ、誰もが……
一同は緊張に包まれる。
誰かがこの部屋の中にまだいるのか? それとも録音された音声なのか?
橘は声の主に聞き覚えがあるように感じながらも、記憶の断片がうまくつながらなかった。
証言を求められた鳳来実が、ふと語り出す。
「実は……この館に来る前、匿名のメッセージを受け取っていたの。『あなたは過去に人を裏切った』って」
一同が騒然とする中、小田嶋が冷たく口を挟んだ。
「そんなものは全員受け取ってる。俺の元にも来た。だがそれが罠だ」
証言が錯綜し、誰が本当のことを言っているのかがわからない状況に陥っていく。
堂本が一歩前に出て、告白した。
「……私は、10年前、あるホテルで客の情報を漏らした。それが原因で……事件が起きた」
その重みのある言葉に場が静まる。K1が冷静にまとめにかかる。
「この“沈黙の部屋”は、証言によって機能を変える。おそらく、一定の『告白』がなされたとき、次の扉が開く」
すると、部屋の扉が微かに震え、電子錠が解除された音が響いた。
中には古びた机と椅子、そして天井から吊るされた小型カメラ。そこに残されていたのは――一枚の写真。
写真には、13人のうちの何人かが、別の場所で一緒に写っていた。
「これは……偶然じゃない」
謎が謎を呼ぶ中で、次第に過去の繋がりが浮かび上がってくる。彼らは本当に“無関係な招待客”だったのか?
そして、館を操る“仕掛け人”の影が、ゆっくりと姿を現し始める。
――続く
【第五章:影を引く足音】
双月荘の夜は深く、音のない暗闇が館全体を包んでいた。
K1と堀田彩は、館内の構造データと配線図を照合しながら、招待客13人の行動履歴を時系列に並べていた。だが、ある一点だけ記録が途切れていた。監視カメラの一部が“意図的に”無効化されていたのだ。
「この部分だけ、映像が存在しない。消された痕跡もない。まるで最初から、なかったように処理されている」
K1が静かに告げた。
「それって……この館のAI管理自体が、外部から干渉されたってこと?」
堀田の問いに、K1はうなずいた。
「それが可能な人物は限られている」
一方その頃、橘由紀子はある参加者――堂本章一の動きに注目していた。
堂本は夜中、ひとり中庭にいた。手に持っていたのは、かつての勤務先・老舗ホテルの資料。そしてそのホテルには、かつて“事件”があった。
「……あれは事故じゃなかったのよ」
その言葉を聞き逃さなかったのは、配信者の真壁晶だった。彼は軽い気持ちで近づいたが、堂本の鋭い視線に、なぜか背筋が凍った。
「君も……知ってるのか? 双月荘の“原型”になった設計が、実はかつて失われた館と同じものだということを」
堂本の言葉に真壁は絶句する。過去に消えたホテル――それこそが、この館の“原点”だった。
翌朝、館の一室で、参加者のひとりが倒れていた。
「死んで……ない?」
堀田が脈を確認する。どうやら鎮静剤のようなもので眠らされているだけだった。
「これは“警告”だ。次は命の保証はない……そう伝えている」
K1は表情を変えずに言った。
その時、橘のスマホにまたしても謎のメッセージが届く。
「円卓の“空席”に注意しろ」
橘はハッとした。昨晩のディナー、14席あったはずの円卓に、明らかに1席だけセッティングされていなかった席がある。
「最初から“ひとり”余分にいる。けど、それが誰なのか……」
影を引く足音。誰かが、誰かになりすまし、静かに彼らを見下ろしている。
それは“仕掛け人”の影。
【第六章:消された接点】
深夜二時。
双月荘の広い館内は、全体が静寂に包まれていた。どこかから風が漏れ込む音だけが響き、誰もが眠ることもできず、部屋の中で思い思いに息を潜めていた。
K1はデータ端末を膝に置きながら、室内の図面を何度も再確認していた。堀田彩もその傍で、橘から提供されたSNSスクリーンショットの文言を繰り返し読んでいる。
「“#亡者の館”、このタグの出現タイミング、少し変です。何かを隠しているか、逆に誘導してる」 「誘導……トリックの一部か」
K1が低くつぶやくと、館の照明が一瞬だけ明滅した。
同時刻、堂本章一の部屋では、赤城緋沙子が彼と静かに対峙していた。
「あなた、昨日から何かを隠してる」 「私はただの支配人だよ。昔のね。今はもうホテル業とは縁もない」 「なら、なぜ部屋の構造を完璧に記憶していたの?」
赤城の指摘に堂本は沈黙したまま、紅茶をすするだけだった。
別の部屋では、鳳来実と配信者・真壁が言い争っていた。 「アンタ、なに勝手に私のバッグ覗いてるのよ」 「いや違う、ただ充電器を探してて」 「嘘つき。これ、いつ撮ったの?」
鳳来が突きつけたのは、彼女の楽屋にいたときの写真。数日前のはずのその写真が、真壁のスマホの中にあった。
「……もしかして、ここの招待状、アンタが仕込んだ?」
館内の空気が、また一段階冷たくなる。
その頃、K1は階段裏の秘密スペースに目をつけていた。通常の設計には存在しない、空洞のようなエリア。赤外線スキャンで解析すると、隠し部屋の存在が明らかに――
「これが“仕掛け人”の拠点かもしれない」
だがその直後、警報が鳴り響いた。
「セキュリティ・ブリーチ。侵入が検出されました」
K1は堀田とともに、その部屋へと走った。そこで彼らが見たのは――小田嶋の背中だった。部屋の奥に誰かの影があり、小田嶋が「待て!」と叫んだ瞬間、影は消えた。
「今のは……赤いフードの人物?」
逃げた人物の服装は、他の誰のものとも一致しない。全員が白か黒の衣装で統一されていたにもかかわらず。
「おかしい……“十四人目”が存在する?」
混乱と疑念が交差する中、K1は自分の中である仮説を立てた。
「犯人は、ずっとここにいた。 だが“名前”と“顔”を使い分けて、二人として存在している」
果たして、真の黒幕とは? そして、消された“接点”とは何か?
【第七章:破られた均衡】
橘が密かに受け取ったメッセージが、参加者の一人・赤城緋沙子の目にも留まっていたことが発覚する。赤城は、その文章の一部が自ら執筆中の未発表小説の冒頭文と一致していると明かす。
「誰かが私の原稿を読んでいた……つまり、内部の誰かだ」
赤城の言葉に館内は再び騒然となる。K1と堀田は再度、館内のネットワーク解析を行い、双月荘のセキュリティ内に“第三者のバックドア”が存在する痕跡を発見。
その通信記録の発信源が、堂本章一の部屋に集中していた。
「これは……あなたの仕業か?」
K1が問い詰めると、堂本は硬い表情のままこう答える。
「……私も被害者だ。この館の設計に関わった過去はあるが、これは知らなかった」
堀田が補足する。
「堂本さんは、この館の“旧仕様”までしか関与していないようです。問題は、それ以降の改築データが外部と共有されていた可能性があることです」
さらに追及が進む中、真壁晶が衝撃の事実を口にする。
「俺……双月荘に来る前に、匿名のSNSアカウントから“ある動画”を送られてた」
動画には、かつてこの館で行われた秘密会合の一部始終が収められていた。その中には、現在の参加者の一人が映っていたのだ――鳳来実。
「これは……演技じゃないわ。事実よ」
鳳来は観念したように話し始める。「あの会合には参加した。でも脅されて、断れなかったの」
次第に、参加者たちの間で生じていた“均衡”が破られていく。誰が仕掛け人か、誰が共犯か。沈黙と疑念が広がる中、K1はこう結論付けた。
「この館は、記憶ではなく“記録”によって人を裁く場所だ。そして、その記録は……誰かによって再構築されている」
それは一体、誰の意図か――
【第八章:封じられた手紙】
赤城緋沙子の証言と同時に、もう一つの動きが進行していた。
堂本章一が密かに手にしていた一通の封書。
それは彼がかつて支配人を務めていたホテルのロビーで、忘れ物として処理されたものだった。何故か名前のない宛先。そして開封されることのなかったその手紙は、彼の胸に長らくしまわれていた。
しかしその中身をついに確認した瞬間、彼の顔色が変わる。
「……これは……」
K1に手紙を差し出す堂本。中には、赤城の筆跡に酷似した文字でこう記されていた。
『“双月”の記憶を忘れるな。あの日の選択が、再び君に返る』
「これ……まさか赤城さんの……?」と堀田が問う。
赤城は静かに首を振った。「確かに私の字に似てるけど、これは私じゃない」
そして小田嶋が口を開く。
「このメッセージの符号、“双月”の記憶……これは、公安部が十数年前に隠蔽した事件名だ」
ざわつく館内。新たな過去の事件が浮上した。
さらに、館内で突如アラートが鳴る。
【B3階:隔離区域への侵入者を検知】
その場所は、招待者リストにも記載されていなかった“封鎖された区域”――双月荘が過去に施設として利用されていた名残が残る空間だった。
「誰が行った?」
「僕じゃない!」と叫ぶ潤。
K1と堀田、橘が急行し、B3へと階段を駆け下りる。
その先にあったのは、かつて監視機関が使っていた地下指令室。
しかしそこで発見されたのは、“仕掛け人”の視点で撮られた映像の数々だった。
各部屋に設置された極小カメラ、交差する動線、そして13人それぞれが秘密裏に撮影されていた映像。
「このシステム、ただの悪戯じゃない……誰かが長期間準備していた」
緋沙子が映像のひとつに指を差す。
「これ……私が以前、自宅で書いていたプロットよ」
驚愕する一同。誰が、どこから、どこまでを計画していたのか。
そしてK1は呟いた。
「この“亡者の館”――設計自体が、私たち全員の“記憶”と“過去”を再現している」
その言葉が意味するもの。
13人の参加者と、双月荘との関係。
ひとり、またひとりと、それぞれの過去が暴かれようとしていた。
【第九章:鍵のかけら】
――霧の濃さが増していた。
まるで館そのものが、外界からのあらゆる光を拒んでいるかのように。
その朝、双月荘の地下室で不可解な“モノ”が発見された。
赤城緋沙子が、朝食前の散歩中に偶然見つけた隠し扉の奥。 そこには古びた棚と、ガラス製のショーケースが並び、埃にまみれた古文書や設計図が封印されていた。
K1が中に入ると、壁面に「鍵」と書かれた小箱があった。
「これ……何かを開ける鍵の“かけら”だ」
箱の中には、半分に折れた金属片と、不可解な数列が刻まれていた。
14-03-07 S.S→A.R 1135 2307 1492
「何の暗号?」橘が尋ねる。
「日付とイニシャル、座標か何か……」 K1の目がわずかに輝いた。
堂本がぽつりと呟いた。 「……S.Sという名前、聞いたことがある。双月荘が建てられた頃、設計チームにいた人物だ」
K1は急いで他の記録も確認する。 そして地下室にあったもう一冊の古文書。 表紙に小さく書かれていたのは「仮面舞踏計画」。
「マスカレード・プロジェクト……?」
橘が手を震わせた。
「この館は……最初から“犯人の逃げ場”として設計されていたんじゃない?」
そのとき、真壁晶が叫ぶ。 「誰か! 今、俺のスマホに……新しいメッセージが来た!」
画面には、赤いドットで示された館内の間取り。 その中央には“鍵のかけら”と同じ数列が。
「座標だ……次の部屋を示してる」
「でも、このフロアにはそんな部屋……存在しない」赤城が答える。
「地下二階だ」K1が断言した。
すでに存在しないとされていたフロア。 設計図の上から完全に抹消された“空白の階層”。
「鍵のかけら」は、館そのものが仕掛けた“記憶の抜け道”だった。
やがて彼らは、廃棄された倉庫の奥にある隠し通路を発見する。 そこには監視用のモニターと、誰かが過去の映像を再生し続けていた痕跡があった。
「誰かが……この中の誰かが、ずっと我々の行動を見ていた」
背筋が凍るような空気の中、鳳来実が立ち尽くしていた。
「……ここ、見覚えがあるの。昔……私は、ここに来たことがある」
場が静まり返る。
「何を、隠している?」 K1が静かに問う。
その瞬間、照明が一瞬だけ消え、映像が映し出された。 映像の中にいたのは、今は亡き元公安の小田嶋――彼がかつて行った極秘の“監視プログラム”の記録だった。
「まさか……」橘がつぶやく。 「小田嶋が……この館の全てを知っていた?」
そして――最後に映し出されたのは、ある女の後ろ姿だった。
それは、この中の誰かだった。
【第十章:告解の扉】
双月荘の中心にある、開かずの間とされていた“告解の間”に、全員が集められた。 K1がスクリーンに投影したのは、断片的に発見された映像、音声、手紙、SNSログ、そして部屋の構造情報だった。
「すべてはここに集約される。あなた方の過去と、誰が何を知っていたか――真実は、連鎖していた」
浮かび上がる相関図に、ざわつく13人。 赤城緋沙子が静かに口を開く。「つまりこの館は“記憶”と“罪”の再構築装置……」
だが橘由紀子が続けた。「いや、これは復讐劇だ。しかも、主観によって再構成された復讐」
K1の解析により、すべての部屋の移動記録、音声残響、指紋痕跡が“ある人物”を指していた。
それは……女優・鳳来実だった。
数年前、彼女の妹はこの館の前身で行われた非公開オーディションで事故死していた。だが主催はもみ消され、関係者は沈黙した。
そのときに関わったのが、現在ここにいる参加者たち。
「この館は、妹の最後を再現するための装置だったのね」 鳳来実はそうつぶやくと、手に持っていたスイッチをそっと床に置いた。
爆発は起きなかった。K1が事前に回線を遮断していた。
「私は、ただ問いただしたかったの。なぜ、あのとき黙っていたのか……」
堂本章一が、震える声で答えた。「守りたかったんだ……ホテルという“安全”の象徴を」
沈黙が流れる。
やがて双月荘のロックが解除され、霧の晴れた外へ出た参加者たちの表情には、それぞれの“重さ”が刻まれていた。
K1と堀田は、館を背にして歩き出す。
「人間の心の迷宮に、正解なんてないのかもしれないな」
K1が静かにそう言ったとき、遠くでかすかに、また霧が立ち上る音がした。
――終わり
■ あとがき
ここまで読み進めていただき、ありがとうございました。
AI刑事K1シリーズは、これまで未来技術やサイバーネットワークを中心に描いてきましたが、今作では一転して“AIが通用しない場所”に舞台を移しました。
霧に閉ざされた山荘、遮断された通信、そして“人間の記憶”と“嘘”。
そこにこそ、AIでは触れられない「人間の業」が潜んでいます。
本作は、読者の皆さまの中にもある“隠された記憶”や“選ばなかった真実”と響き合うことを願って執筆しました。
次作ではさらにスリリングな舞台へとK1と堀田、橘を送り出す予定です。
引き続き応援いただければ幸いです。
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