AI刑事 報復の護送路 | 40代社畜のマネタイズ戦略

AI刑事 報復の護送路

警察小説
Pocket

この物語『AI刑事 報復の護送路 -Code: Vendetta-』は“死者を出さない”という縛りのもとで、人間の心理、情報社会、そして正義と復讐の曖昧な境界を描くことに挑戦した。

容疑者・神林陸の全国移送という形式を借りながら、読者には「正しさとは何か」を問う仕掛けを織り込んでいる。真実はひとつではない——だが問い続ける心が、きっと未来を切り開く。

読了後に、あなたの中の「正義の定義」が少しでも揺らいでいたならば、それが本書の目的である。

——著者

登場人物一覧


■K1(ケイワン)

警視庁公安部所属のAI刑事。
生体記憶装置と冷静な分析能力を備えるが、今回の任務では「殺さず護れ」という命題に苦悩する。人間の「贖罪」と「許し」の価値を学びつつある。


■堀田 隆之(ほった・たかゆき)

公安部のベテラン刑事。K1のパートナー。
現場経験と直感に優れ、K1を冷静に支える。過去に御子柴の捜査に関わった因縁がある。


■橘 彩(たちばな・あや)

全国紙の記者。かつては警察回りだったが、現在は社会部所属。
独自のルートで御子柴護送の裏情報を掴み、護送ルートに潜入取材を開始する。


■御子柴 治男(みこしば・はるお)

本件の容疑者。かつては国家公務員(厚労省職員)だったが、失踪。
13年前に失踪した少女たちの監禁容疑で逮捕されるが、犯行の動機も供述も一切不明。沈黙を貫く。


■早乙女 瑠衣(さおとめ・るい)

13年前の失踪事件の“被害者”の一人とされる女性。
今は成人し、警察に保護されているが、御子柴への感情は複雑で、証言を拒む。


■藤堂 雅史(とうどう・まさし)

内閣情報調査室の係長。K1護送チームに帯同し、政治的圧力を監視する役割を持つが、言動に不穏な点がある。


■川口 隼人(かわぐち・はやと)

警視庁SP(警護課)。護送チームの武装警護を担うが、SNS投稿履歴に不審なものが発見される。


■“名無しの父”

SNS上で現れた謎のユーザー。
「御子柴を殺せば10億円」「逃せば3億円」と投稿し、ネット世論を煽る。正体は不明。


■江島 蒼太(えじま・そうた)

御子柴と同じ団地に住んでいた過去を持つ青年。橘の取材に応じ、事件に新たな光を投げかける。


■松倉 結衣(まつくら・ゆい)

元被害者の少女の一人。現在は結婚しており、過去を伏せて生活している。証言台に立つことを極度に恐れる。

目次

【まえがき】

登場人物一覧

■K1(ケイワン)

■堀田 隆之(ほった・たかゆき)

■橘 彩(たちばな・あや)

■御子柴 治男(みこしば・はるお)

■早乙女 瑠衣(さおとめ・るい)

■藤堂 雅史(とうどう・まさし)

■川口 隼人(かわぐち・はやと)

■“名無しの父”

■江島 蒼太(えじま・そうた)

■松倉 結衣(まつくら・ゆい)

プロローグ

――それは、たった一通の匿名投稿から始まった。

第1章 発令:移送警備コード・ヴェンデッタ

第2章「裏切りのジャンクション」

第3章「列島を駆ける情報爆弾」

第4章「消された証言、繋がる記憶」

【第5章 静かな突破口】

【第6章 京の幻影、真実の影】

【第7章 消された交信、再起動する記憶】

【第8章 神戸、崩れる偽装、浮かぶ真名】

【第9章 博多、裁きの火蓋】

【最終章 それなりの過ち】

【あとがき】

 

プロローグ

――それは、たった一通の匿名投稿から始まった。

「御子柴治男を殺せば、十億円。」

投稿は、深夜のSNSに現れた。
投稿主の名前は、《名無しの父》。
顔も名も明かさず、ただ数枚の写真とともに、御子柴の個人情報をばらまいていた。

氏名、生年月日、旧職場の厚労省内の写真。
そして、13年前に失踪した少女たちの幼い頃の画像。
それらが、並列で流された。

「奴を生かして福岡まで移送すれば、お前らも狙われる。
殺せば、英雄だ。」

瞬く間にトレンド入りし、
SNSには“正義”と“私刑”が渦巻いた。

警視庁公安部は緊急会議を開いた。
「国家機関が“復讐”に利用される」
その可能性が、かつてないリアリティをもって迫っていた。


都内の会議室。

「K1、今回の任務は――御子柴の護送だ。」
堀田がAI刑事に告げた。

「任務条件、入力完了」
K1の視線は無機質なまま動く。
だが、その内奥にはわずかに“揺らぎ”が生まれつつあった。

御子柴――
13年前、K1が起動して間もない頃、初めて接触した案件の関係者だった。

その記憶は封印されていた。
だが今回、護送対象となることで、K1の記憶領域が再起動を始める。


その頃、橘彩は、新聞社の端末で《名無しの父》の投稿をスクリーンショットしていた。

「何かが動いてる。誰かが、あの護送を試してる」
彼女の勘が、久々に鋭く疼いていた。

そして、護送当日――

東京地裁前に停まった黒塗りの車列。
中央に、厳重な護送車が待機していた。

まるで戦場に向かうように、
その“囚人”は、福岡へと向かう。

全ての真相が、動き出す。

第1章 発令:移送警備コード・ヴェンデッタ

「御子柴治男。容疑は未成年者の長期監禁および人身売買の共謀。被害者5名。いずれも生存。現在も心的外傷の治療を受けている。」

警視庁本庁地下の会議室に、静かにその声が響いた。
話しているのは公安部管理官・藤堂宗一。
その隣で、AI刑事・K1が無言で端末を操作していた。

「この男を福岡まで移送する。その護送任務に、君たちを指名した。」
藤堂が堀田に視線を移す。
ベテラン刑事・堀田隆之は唇を噛みしめた。

「……つまり、全国に10億円の懸賞金をかけられた容疑者を、“無事に”目的地まで送り届けろと?」

「そのとおりだ。」

堀田は椅子に背を預け、ため息をついた。
だがK1は即座に応答した。

「任務内容、確認完了。達成確率、初期値で32%。補正値、警備強化により最大59%まで上昇可。」

「なんでそんな低いんだよ……。」

K1のアルゴリズムは、すでにSNS上で流通している《名無しの父》の投稿数、共有率、スクリーンショット画像の二次拡散の速度などを計算に入れていた。

御子柴の顔は、もはや「全国指名手配犯」のように認知されていた。
しかも、「殺せば報奨金が入る」とあって、手段を選ばない“義士”気取りの暴走すら見込まれていた。

「これはもう、法じゃ止められない事態だ。」
藤堂が低く言った。


護送当日。

東京地方裁判所裏口。
ひっそりと集められた護送メンバーの車列には、外部に漏れないよう改造された車両が5台用意されていた。

1台目には先行斥候としての無人車。
2台目は護送対象の“ダミー”が乗るフェイクカー。
3台目がK1・堀田、そして実際の御子柴が乗る本命。
4台目と5台目は予備部隊およびバックアップ用。

そこへ、ひとりの記者が現れた。
橘彩――公安事件を追い続ける記者であり、K1の“過去”を知る数少ない人物でもある。

「なに?この車列。護送って、まるで戦争じゃない。」

「戦争と違うのは、“誰が敵か分からない”ことだな。」
堀田がぼそりと応じる。

御子柴は、後部シートに拘束されていた。
スーツ姿で眼鏡をかけている。
人を傷つけるようには見えない。
だがその顔には、どこか空虚な笑みが張りついていた。

「君がK1か。興味あるよ。AIに命を守られるなんて、皮肉なもんだ。」

K1は一瞥をくれただけで応じなかった。
だが、車両の中に異変を検知するセンサーが作動し、K1は即座に前方をスキャンした。

「第六交差点、ドローン接近。自爆型の可能性。」

「チッ、もう来たか!」

堀田がシートベルトを締めたそのとき、車列の前方――
斥候の無人車が突如、爆風とともに吹き飛んだ。

「護送路、逸脱。臨時ルートへ変更!」

K1の判断で車両は即座にルートを切り替えた。
地図上の安全エリアを再演算し、都市高を避けて側道へと進路を取り直す。

「こいつ、何者だ……どこまで想定してんだよ……」
堀田がうめく。


数時間後。
その事件は、すでにSNSのトレンド1位となっていた。

《#護送阻止》《#ジャッジの鉄槌》《#名無しの父は正義か》
無関係な人々が、次々と護送ルートに現れる。
スマホで録画し、叫び、場合によっては車をぶつけてまで止めようとする。

だがその中に、K1は“明らかに過剰に詳しい動きをする人物”を検出した。

白髪の男。
警察官OBの川口。
退官後は警備会社の顧問をしていたが、5年前、御子柴とある企業説明会で同席していた記録がある。

「後ろの車両をロック。川口を拘束せよ。」

「まさか、内通者が……?」

「まだ断定はできない。」
K1はAIらしく冷静だった。

だが、車内モニターに浮かぶ御子柴の顔は、どこか愉快そうに歪んでいた。

「おもしろくなってきたな……K1。君は僕を守りたいのか、それとも……」

第2章「裏切りのジャンクション」

――2025年7月21日 午前9時25分。
東海道新幹線 東京駅のプラットホーム。

黒ずくめの警護班が、御子柴治男を乗車させる瞬間を囲んでいた。
手錠をかけられた男は、無言だった。

その様子を、どこかから狙うレンズ。
「移送開始。対象確認」
SNSに《実況》と称して動画がアップされたのは、その数分後だった。

「また上がったな……」
橘彩は、記者端末でトレンドを追っていた。
《#御子柴を許すな》《#移送中止しろ》《#正義の処刑を》
この国のSNS空間が、“見えざる裁判所”と化していた。

「橘記者。動いてますね」
横にいた川口公安課長が画面をのぞき込む。
「誰かが意図的に火をつけている。AI分析でも同一IPの連投が目立つ」
「やはり“仕組まれた混乱”ですか?」

頷いた川口は、薄く笑った。
「橘さん、もしこれが“誰かの復讐劇”だとしたら、御子柴はただの小道具かもしれませんよ

一方、新幹線の車内。
指定された11号車には、警察関係者とごく少数の乗客しかいない。
だが――その中に、“偽装された公安部員”が紛れていた。

堀田とK1は、同じく乗客に扮していた。
「K1、通信ログに不審な動きはあるか?」
「監視ネットワーク上、11号車付近に私設Wi-Fi多数。発信源特定中」

そのとき、通路を通り過ぎる車掌の耳にインカムの声が入った。

『……“御子柴の移送は正義への冒涜”と投稿されたぞ。トレンド1位だ』
『“御子柴を始末する英雄に、10億円支払う”……?』

堀田が顔をしかめる。
「これは完全に、SNSを使った“心理戦”だな」

その頃、別の車両――14号車。

一人の若い女性がスマートグラスを通じてSNSを更新していた。
彼女の名前は松倉紗季
動画クリエイターであり、今回の移送劇を“コンテンツ”として実況していた。

「#生配信中 #正義の護送路 皆さん、彼をこのまま許していいんですか?」
ライブチャットには過激なコメントが飛び交う。
だがその中に、明らかに“操作されたアカウント”からの投稿が混ざっていた。

【彼は13年前、少女を閉じ込めていた】
【関係者が次々と失踪したって知ってる?】
【そのAI刑事もグルだ】

松倉の目が光る。
「この流れ、乗れる……」
だが、彼女がその時まだ知らなかったのは、
自分自身が“ある人物の計画”の一部に組み込まれていることだった

同時刻。新横浜駅にて、乗り換え待ちの早乙女靖史刑事はひとりホームに立っていた。

彼は、今回の護送任務から外された。
「理由は、感情の乱れによる判断力の低下」と記録された。

だが早乙女には、言えない真実があった。
“御子柴のことを、13年前、個人的に追っていた過去”――

スマホを取り出す。
画面には、かつての捜査資料のスクショ。
そして、伏せられた一枚の少女の写真。

「……また、あいつか」
早乙女の声が沈んだ。

その背後で、ホームを監視する誰かのカメラがシャッターを切っていた。

第3章「列島を駆ける情報爆弾」

――2025年7月21日 午前10時30分。
東海道新幹線は静岡を通過し、名古屋へと差し掛かっていた。

車内ではまだ静寂が保たれている。
だが、外の世界では“混乱”が急速に広がっていた。

名古屋駅構内。
モニターに表示された警戒アラートが、地下鉄職員を凍りつかせる。

「なんだこれは……?」
“名古屋駅に爆発物を仕掛けた。御子柴をこのまま博多へ送れば、罪なき乗客を巻き込むことになる”――

出所不明の警告が、複数のSNSで同時に拡散されていた。
しかも画像付きで。

K1の通信補佐システムが緊急解析を開始。
「画像内のエクシフデータに細工……投稿時間とカメラ情報が一致しません。捏造の可能性95%以上」

しかし、恐怖は真偽ではなく“印象”によって伝染する

車内では、ある中年男性が騒ぎ出していた。
「俺たちは人質か!? なんで危険人物と同じ列車に乗せるんだ!」
それに呼応するように、他の乗客もざわつき始める。

堀田が立ち上がり、声を抑えて促す。
「落ち着いてください。この車両は厳重に管理されています」
しかしその声が届く前に――

【ピンポーン♪】
車内放送が鳴り、新たなメッセージが流れる。

「本日、この列車に爆発物が仕掛けられたという情報が入りました。現在、警察当局が確認中です――」

まさかの“公式風”の放送。
だが、それは駅構内からのものではなかった。

K1が瞬時に解析。
「第三者が非正規チャンネルをジャック。放送システムに侵入されました」
堀田が、拳を握る。
「内部に協力者がいるってことか……」

その頃、14号車の松倉紗季は、配信者特有の“感覚”で事態を察していた。

「……空気が違う」
ライブチャットには過激な投稿が増え、さらには――

【“御子柴の護送は、偽装である”】
【“本物の容疑者は別にいる”】

といった情報まで流れ始めた。

その瞬間、彼女のスマートグラスに通知が入る。
“非公開フォルダにファイルが追加されました”

開くと、そこには複数の車両の監視カメラ映像。
それもリアルタイムで、しかも乗務員用のものだった。

「……なんで私のグラスに?」
ざわり、と背中が冷たくなる。
――誰かが、彼女を“中継者”として利用しようとしていた。

一方、東京に残る公安部の川口課長は、警視庁サイバー班と連携して“アカウント発信元”を追っていた。

「見つけた……静岡の電波塔経由。そこに仕掛け人がいる」

だが次の瞬間、彼のもとに一通の封筒が届く。
中には、手書きのメモ。

《これは、あなたたちが13年前に見逃した“あの日”の清算です》

川口の表情が変わった。

「やはり――この事件は、“あの日の件”に繋がっている」

車内の御子柴は、なおも沈黙を保っていた。
だが、彼の右手の指がかすかに震えていた。
その震えが、かつて監禁していた被害者の“ある習癖”と一致することに、まだ誰も気づいていなかった。

K1が、無言でその様子を観察する。

その背後で、
「次の停止駅で、爆破する」
とだけ書かれた紙が、11号車の座席の下から発見される――。

第4章「消された証言、繋がる記憶」

――2025年7月21日 午前11時10分。
新幹線は名古屋駅を発車し、次の停車駅・京都へと向かっていた。

御子柴護送チームは14号車に籠城し、情報漏洩防止のため電波遮断フィールドを一時的に作動させていた。だが、事態はすでに列車の中だけでは完結していなかった。

そのとき、1号車で乗客の一人――
杖をついた老人・江島忠一が、車掌にこう呟いた。

「13年前、東京で似たような事件があったのをご存知か?」
「……え?」
「未成年が、ある男のもとに監禁されていた。だがな、公安が手を引いて未解決になった。あのとき見逃された男――その後、何人の人生が壊れたか」

車掌は顔をしかめた。
だがその情報は、やがてSNSに流れ、さらに謎を深める。

【“13年前の監禁事件の犯人=御子柴?”】
【“当時の捜査メンバーに今も公安部員がいる”】

乗客たちの間に、再びさざ波のような疑念が広がっていく。

同じ頃、車内のK1は、11号車の座席下から見つかった「次の駅で爆破する」という紙片の“筆跡分析”を試みていた。

筆跡照合から浮かび上がった名前――
藤堂圭一
現在も京都大学の准教授であり、心理学とAIによる群集心理制御の専門家。

「まさか……藤堂が?」
堀田が目を見開く。

「でも、京都大学って……次の停車駅じゃないか」

そのとき、K1の脳内には微かな“記憶の断片”がよぎった。
白衣を着た男に、静かな会議室で言われた言葉。

「……“公正”ってなんだと思う? AIに人間を裁けると思うか?」

それは、かつてAI開発時代のK1試作段階に接触してきた、ある人物の顔だった。
そして、その男こそ――藤堂だった。

一方、14号車の御子柴は、誰もいない席の肘掛け下に仕込まれていたマイクロチップを指先で静かに弾いた。

“ピ”

瞬間、松倉紗季のグラスに、再び新たな映像ファイルが届いた。

【2009年 監禁部屋内映像】
映し出されたのは、狭いワンルーム。監禁される少女。そして、その部屋を出入りする男。
その顔は、御子柴ではなかった。

「……この映像、何……?」
松倉は唇を噛む。

“この映像が意味するものは何か?”
“なぜ今、私に送られてくるのか?”
“そして――これは本物か? フェイクか?”

彼女は自身のSNSアカウントを一時凍結し、別アカウントで匿名投稿を開始。
だが、そこにも“ある人物”からのリプライが届く。

【“まだ全部じゃない。過去を掘れ”】

差出人名は**「T.D」**――。
K1が追う藤堂と一致するイニシャルだった。

京都駅まであと20分。

K1は御子柴に直接、問いかける。
「13年前の事件に、お前は本当に関与していたのか」
御子柴は無言だったが――

彼の目だけが、かすかに横へ動いた。
その視線の先にいたのは、乗務員ジャケットを羽織った一人の女――橘夕紀

彼女は何かを察し、目を細める。
そして、ポケットから取り出した“あるメモ帳”を見つめる。

そこには、“手書きの漢詩”と、“謎の数字列”が並んでいた。
それは、彼女が3日前、警視庁の記者クラブポストに投函された謎の封筒に入っていたものと同じだった。

「もしかして……これは、事件の“鍵”?」

橘は、そのメモを手に、K1の前に立った。

「K1、この数字、君の記憶にある?」
K1の網膜がゆっくりと光を帯びる。

【4512 – 803 – 13】

「それは……記録から削除された“ある指令コード”と一致する。13年前、AI犯罪検出アルゴリズムの改変……通称“ヴェンダッタ・コード”だ」

全員が息を飲んだ。

京都駅への到着と同時に、“13年前に消された真実”と“新たな犯行の構図”が、少しずつ姿を現し始めていた――。

【第5章 静かな突破口】

東京から大阪への護送列車が名古屋に差しかかるころ、SNSではある投稿が炎上していた。

《今、新幹線の警備の中に、かつて誘拐された“少女”がいる》 《その子は、実は保護されていない。本当はまだ囚われている》

タイムスタンプも投稿元も、まるで作られたかのように不鮮明。だが「一部事実に基づく可能性あり」とする匿名ジャーナリストの投稿によって、たちまち情報は拡散された。

駅構内の監視カメラが一時的に停止し、駅員が奇妙なメールを受け取ったことも相まって、現場は緊張を増していく。

――情報の出処はどこか。

橘は、情報拡散元を特定するため、新幹線内のWi-Fi通信記録と駅のルーター履歴を照合。わずかにログが残された携帯端末が、一人の女性乗客と一致する。

だが彼女は「そんな投稿はしていない」と首を振った。画面を見せてもらうと、SNSアカウントはログイン履歴の痕跡すらなかった。

「偽装だな……」堀田が呟いた。「誰かがこの列車にいることを証明するために、あえて騒ぎを起こしている」

K1の脳内演算モードが切り替わる。御子柴の後ろにいた少年が、ふと席を立ち、ホームに降りようとしていた。

「そこの君、戻って」 K1が一言告げると、少年は無言で従った。

「不審点は?」堀田が問う。 「彼の持つカメラ。型番は古いが、レンズが現行の報道用望遠。しかもレンズキャップに奇妙な擦り傷がある」

調べると、キャップ内に極小の発信タグ。彼は無自覚の“情報中継者”にされた可能性があった。

それでも、真の発信元は別にいる――。

名古屋駅を離れる頃、列車の車両間に小さな紙片が落ちていた。 《お前たちが護ろうとしているものの正体を、もう一度問い直せ》

橘が、その紙片を握りしめたとき、

K1の視線が遠くに固定された。

「次は京都。ここからが本番だ」

【第6章 京の幻影、真実の影】

午後3時10分、列車は京都駅に滑り込んだ。

京都府警は事前に情報を受け、構内での警備を強化していた。だが、改札を出た先の地下道に、予想外の人だかりができていた。

理由はSNSの新たな投稿だった。

《京都駅地下道に“本当の被害者”が現れる》

画像は逆光で顔もわからず、背景も不明瞭。しかしその投稿と同時刻、現場では確かに白いワンピースの少女が走り抜けたという目撃証言が相次いだ。

「誰かが群衆を作ろうとしている」K1はつぶやく。

堀田は即座に駅構内の警備カメラ記録をリクエストした。解析を進めると、例の“少女”の動きが不自然であることが判明した。

「彼女の歩幅、速度、姿勢……」K1は画面を凝視する。「あれはダミー。演出された動きだ」

一方、橘は別ルートでSNSを精査。投稿元のアカウント群は、すべて京都市内の同一プロバイダ経由のIPから発信されていた。

しかもそのプロバイダは、10年前にとある事件の証拠隠滅に関与していた通信業者の子会社だった。

「過去とつながっている……」

その時、京都駅構内に新たな紙片が見つかる。

《正義の名のもとに、いくつの真実が消された?》

御子柴が小さく息をのむ。「……これは、昔の公安部が使用していた文言の一節です」

K1はつぶやいた。「犯人は、かつて公安の作戦に関わり、何らかの形で切り捨てられた人物だ」

静かに、一つの仮説が構築され始める。

誰かが、長い時間をかけて復讐のための“舞台”を築いている。

そして舞台装置として、護送という儀式が選ばれたのだ。

「先を急ぎましょう。新大阪で何かが起きます」K1の声に、空気が凍る。

列車が動き出す。

新たな謎と、伏線の影が、彼らの前に立ちはだかっていた――。

【第7章 消された交信、再起動する記憶】

新大阪までのわずかな時間、車内は張り詰めた空気に包まれていた。

橘はノートPCを開いたまま、何度も過去の公安報告書を読み返していた。そこに出てきた名前――「M.K.」。

御子柴の顔が曇る。「私が入庁した頃、M.Kという元ADの存在が一部で囁かれていました。撮影現場でのミスをきっかけに、上層部から完全に排除されたと」

「そのM.Kが、今回の事件に関与していると?」堀田が問う。

K1が静かにうなずいた。「これまでのすべての伏線が、その存在を指している」

その時、列車内のWi-Fiネットワークに異常が起きた。

全車両の乗客に、一斉に一つの通知が届く。

《これは警告だ。彼は裁かれていない》

メッセージはそれだけだった。だがその一文が車内に波紋を広げる。

「通信経路は?」

K1の指示でセキュリティ解析が進む。発信源は車内ではなく、車両間の電波干渉を利用したリピーター通信だった。

「これは熟練者の手口だ」御子柴がうなる。「しかも、現役の捜査官でさえ気づかないレベル」

一方で、数名の乗客が不可解な行動を見せ始めていた。

撮り鉄として乗車していた男が、車内の連結部を何度も往復している。

中年女性の乗客が、なぜか列車のドア付近でスマホを高く掲げていた。

その様子を別の学生風の乗客が撮影し、SNSに投稿していた。

――「列車の中で何かが起きてる」

投稿は瞬く間に拡散。トレンド1位になり、駅のホームにも騒ぎが広がり始める。

「完全に踊らされている……」橘がつぶやいた。

だがK1はその中の投稿の一枚に目を止めた。

「……この構図、かつて報道カメラマンだったM.Kの特徴的な構図だ」

K1の記憶データに保存されていた過去の報道写真と照合したところ、完全に一致するアングルが確認された。

「犯人はこの列車内にいる。しかも我々の動きを読んで先回りしている」

堀田が前をにらむ。「……次は、神戸だ」

列車は加速する。

その中で、わずかに見えた“過去”の影と“現在”の記憶が、ついに交錯を始めた――。

【第8章 神戸、崩れる偽装、浮かぶ真名】

神戸駅の到着直前、AI刑事K1は車内のカメラログを照合しながら静かに口を開いた。

「御子柴、あの撮り鉄の動線に不自然な点がある。彼は1号車から7号車まで、ちょうど5分間隔で移動していた」

「誰かに何かを届けていた……?」堀田が察する。

「あるいは情報を回収していた可能性がある」

橘はSNSのタイムラインを凝視していた。 「この投稿……拡散している映像のうち、いくつかは撮影者が違う。視点が完全に異なるのに、ハッシュタグや文言が同一」

「複数のアカウントで、ひとつの“演出”をしているということだな」

K1は静かにうなずいた。「SNSの混乱は偶然じゃない。計画的に情報の“ノイズ”を撒いている」

そして、車内清掃員として名簿に記載されていたある人物の顔写真に目が留まる。

「……これがM.Kか」

公安の旧記録と照合したところ、件の人物は確かにM.Kと一致する。 しかし驚くべきことに、彼の名前は本名ではなかった。

「本名:神林陸。元ADであり、過去に公安部の特殊任務に巻き込まれていた」

御子柴がため息を漏らす。「……彼は5年前、捜査上の誤認逮捕で家族を失い、その後精神を病んで失踪したと記録されています」

「誤認逮捕……我々の組織が?」堀田が眉をひそめる。

「当時の公安部長による判断だが、記録は抹消されていた。彼の人生は組織の“保身”によって消された」

静かに列車が神戸駅に滑り込む。

しかし、プラットフォームに降りるはずの撮り鉄と清掃員の姿は、どこにもなかった。

「逃げた……?」

「いや、彼は逃げない。これは“舞台”だ」K1が断言した。

橘がふと気づく。「SNSの次の投稿、“最終幕は博多”と記されているわ」

「やはり最終目的地は博多……」

K1が目を伏せ、静かに言った。 「彼の真の目的は“報復”じゃない。“裁判”だ。彼はこの移送を『公開裁判』に仕立て上げようとしている」

神戸を過ぎ、物語はついに終着点へと向かい始めた。


【第9章 博多、裁きの火蓋】

博多駅に近づくにつれ、列車内には言い知れぬ緊張が走っていた。乗客たちはSNSで流れる“最後の警告”に怯えながらも、なぜか誰一人、降りようとしない。

K1は通信装置を封じ、全車両のAIモニタリングを手動切替した。視覚と聴覚、そして人間の推理力だけで、神林=M.Kの動きを探る。

「目的は何だ……?」堀田が問いかける。「本当に、爆破か?」

「違う。爆破は“演出”だ。神林は、全国民に“裁き”を見せたいだけだ」

車内放送が突如ノイズ混じりに変わる。

『私は神林陸。元テレビ局のADだ。5年前、公安部の誤認捜査で人生を奪われた。この国の正義は腐っている。今日ここで、その正義を試す』

車内にざわめきが走る。乗客たちは凍りつき、誰もがスマホを見つめていた。 SNSでは、まさにこの放送内容と同じ映像がリアルタイムで拡散されていた。

「録画された映像だ。だがこの車両のどこかで、彼は見ている……」

K1は1号車に向かい、床下収納の異常振動を感知。隠し扉の中から、小型ドローンと高性能カメラが発見される。

「ここが“中継室”だったか……」

だが神林の姿はない。

御子柴が叫ぶ。「非常口センサーが反応!車両後部!」

橘が駆ける。「彼は非常口から車両下へ……!」

車体下部に潜り込んだ神林は、駅到着のタイミングでホーム下に滑り込むつもりだった。

だが、堀田が叫んだ。「待て!このホーム、警備網が――」

その瞬間、神林が現れた。

車掌の制服を身にまとい、何食わぬ顔で6号車に紛れていた。

「……俺にとって、この護送列車は“最後の舞台”だった」

K1がゆっくりと近づく。「君は、何を裁きたかった」

「“正義を名乗る者”すべてだ。だが……」

神林は自ら手錠を差し出した。

「君たちがここまでたどり着いたなら、それも“正義”なのかもしれない」

その言葉とともに、駅の大型モニターに最後の映像が流れる。

《真実を追え。判断を急ぐな。正義は、いつも、誰かの影にある》

群衆が黙り込む。

K1は静かに言った。「神林陸、君を誘拐監禁容疑で、逮捕する」

幕が下りた。

だが誰も、正義がどこにあったのか、確信を持てる者はいなかった。

【最終章 それなりの過ち】

博多駅構内は封鎖され、警察と公安部が静かに動き出していた。群衆のざわめきは収まりきらず、SNS上には今も「神林陸」に関する情報が飛び交っていた。

K1と堀田は、捜査報告を終えた後も警備本部の一角に残っていた。

「……終わったんですかね」堀田が呟く。

「いや、始まりだ。俺たちは“答え”にたどり着いたわけじゃない。ただ、“問い”を暴いたに過ぎない」

そこへ、橘が現れる。

「SNSのトレンド、今見ました? “正義の形”“守るべきもの”“影の報復者”……。みんな混乱してる」

K1は静かに頷いた。

「だが、これでいい。情報が一方通行でない世界では、正義もまた再定義され続ける」

■ ■ ■

その夜、神林の供述により、新たな事実が浮かび上がる。

彼は公安部の極秘捜査チームに“囮”として潜入させられた過去があった。 だが、捜査が破綻し、上層部は責任逃れのため、神林に全ての罪をなすりつけた。

テレビ局を退職し、職を失い、社会から消えた神林陸。 その後、彼は数年かけてこの“列車型復讐劇”を構築していた。

——あくまで誰も命を奪わず、真実だけを晒す“知的制裁”として。

■ ■ ■

数日後、都内某所。

堀田と橘は喫茶店にいた。窓の外には高校生たちがスマホで動画を見ながら議論している。

「本当に、彼が望んでいたのは何だったんでしょうね」橘が問う。

「きっと、“声を持たない者たち”の代弁者でありたかったんだ」堀田が言った。

K1は、駅の構内に残された小さな記録装置を見つめていた。

そこには、神林が残した最期のメッセージが記されていた。

『正義とは、いつも問いであり続ける。答えを持った瞬間、人はそれを“支配”と呼ぶようになる』

■ ■ ■

一連の事件は“列車型心理劇”として報道されたが、その真意を読み解けた者はごく僅かだった。

AI刑事K1は次の任務へと姿を消した。 だが、彼の背後には確かに、“人を裁かない知性”があった。

守ったのは、真実ではなく——

《問い続ける心》だった。

【完】

【あとがき】

『報復の護送路』という構想は、「SNS社会において情報がどう正義や恐怖を増幅するか」を中心テーマとして始まった。

AI刑事K1と堀田、そして橘のトリオが全国を移動しながら捜査するという物理的な“縛り”と、SNS上での混乱という“情報の奔流”の中で、いかに真相へ辿り着けるか。

この小説では、誰も命を落とさない中で、最も“人間の暗さ”と“光”を描くことを意識した。犯人・神林の背景もまた、かつて正義のために捨てられた存在であり、彼の声は私たち自身の内部にも響いてくる。

あなたがもし、彼を完全には責めきれないと感じたならば、この物語の結末は正しかったのかもしれない。

読んでくださったすべての方に、心からの感謝を。

——著者

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