AI刑事 時を超えた脚本 | 40代社畜のマネタイズ戦略

AI刑事 時を超えた脚本

警察小説
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【まえがき】

この物語は、山梨の山奥で撮影されるドラマの裏で起きた、ひとつの「演出」と「復讐」の記録です。
爆破予告、SNSの謎の詩、封鎖された山荘、そして過去から蘇る脚本家の亡霊。
人工知能刑事K1と人間刑事・堀田、そして記者・橘は、記録やAIでは解けない“心の迷宮”に挑みます。
最後のページを閉じたあと、読者の心に“どの演者が本当だったのか”を問いかける作品であることを願っています。

目次

【まえがき】

【登場人物一覧】

第一章:招かれたエキストラたち

第二章:撮影一日目・影の予兆

第三章:台本のズレ

第4章:封印されたカット

第五章:証言のずれ

第六章:閉ざされた夜

第七章:過去からの手紙

第八章:俳優の告白

第九章:ラストカットの朝

第十章:選ばれなかった演者

【あとがき】

【登場人物一覧】

AI刑事・K1(ケイイチ)
公安部所属のAI搭載刑事。人間的な洞察力を模倣するが、記憶やデータベースには頼らず純粋な論理で事件を追う。

堀田彩(ほった・あや)
K1のパートナー。人間的直感と感情を武器に捜査を進める。

橘芽衣(たちばな・めい)
新聞記者。スクープ嗅覚に優れ、独自ルートで事件に迫る。

如月怜(きさらぎ・れい)
ベテラン俳優。かつて川村の脚本を採用せず、その過去に怯える。

白石陸(しらいし・りく)
若手俳優。冷静に見えるが隠された秘密を持つ。

川村俊平(かわむら・しゅんぺい)
元AD。15年前の怨恨から、山荘で“脚本による復讐”を仕掛ける。

ディレクター・新海(しんかい)
撮影責任者。過去に川村を冷遇した中心人物。

制作アシスタント・比嘉(ひが)
何かを隠しているような態度が多く、証言も曖昧。

車椅子の女性・咲良(さくら)
演出には不自然に見える存在だが、観察力に優れる。

撮影係・中野(なかの)
一見地味だが、誰よりも現場に詳しい。川村と因縁あり。

第一章:招かれたエキストラたち

山梨県北部、標高1300メートル。
そこは電波も微弱で、夏でも朝晩には息が白むほどの冷え込みに包まれる。
静けさを切り裂くように、一台のマイクロバスが山道を登っていた。

運転席上のプレートには、こう記されている。

TTV制作部「水無月の牙」ロケバス

連続ドラマ『水無月の牙』――
地方局では異例の深夜枠視聴率を叩き出した誘拐サスペンスドラマ。
そのクライマックスとなる「立てこもり事件」の撮影が、この二泊三日の山梨ロケで行われる。

バスの中には、10人のエキストラと数名の制作スタッフ。
みな、台本を手にしたまま無言。
だが、エンジン音よりも静かだったのは、彼らが心のどこかで感じ取っている“妙な違和感”だった。


�� 登場人物たち(バス内)

木島瑛介(きじま・えいすけ):60代男性。元高校教師。穏やかな口調で周囲を和ませている。

本庄理奈(ほんじょう・りな):20代女優志望。何かを隠しているように視線が泳いでいる。

黒沢良太(くろさわ・りょうた):30代カメラマン補佐。一眼レフを首にかけたまま、妙に無口。

三谷昇吾(みたに・しょうご):50代照明技師。この山荘ロケに何度か来たことがある様子。

佐川誠(さがわ・まこと):元子役の40代男性。自己紹介で過去の出演歴ばかり語る。

渡会梨花(わたらい・りか):派手なメイクの女性。テレビ業界には不慣れらしく挙動不審。

早川絵美(はやかわ・えみ):新人脚本助手。台本を読み込んでいるが、誰とも目を合わせない。

田代健太(たしろ・けんた):音声担当と名乗るが、現場経験が浅い様子。

相良裕太(さがら・ゆうた):20代の控えめな青年。だが、周囲を観察している目が鋭い。

一ノ瀬聡(いちのせ・さとし):50代プロデューサー代理。現場責任者として振る舞っているが、やけに汗をかいている。

そして――
バスの最後列、無言で窓の外を見つめる男女がいた。

「K1、顔、変だぞ。少し人間っぽくしろ」

そう言ったのは、公安部捜査官・堀田彩。
普段はスーツ姿だが、今日はカジュアルなロングパーカーにジーンズ姿。
K1の“エキストラ用顔面デバイス”の調整ボタンを押しながら、小声で囁く。

「演技経験は?」

「公安研修所で1日講座を受けました。成果評価:C−です」

「頼むからバレるなよ……」

彼らは今回、テレビ局からの“極秘通報”により、このロケに潜入していた。
事の発端は、一週間前に局に届いた差出人不明のハガキだった。


✉️ 届いたハガキの内容

「7月15日〜17日、山梨ロケの二日目。
その夜、あなた方の誰かが“存在を失う”。
誰も気づかずに進んでいくその演技が、
本物と嘘をすり替える。

撮影とは、現実を偽ることだ。
だが今回は、偽りの中に“真実”を埋めた。
解けなければ、すべてを爆破する。
敬具」

差出人の筆跡は不規則な文字で、文末には“水無月”という名前だけが残されていた。

警察への正式通報はなされていない。
理由は――「スキャンダルにしたくない」という制作幹部の判断だった。


�� “事件として扱えない事件”を解決せよ

今回の指令はただ一つ。

爆破予告の真偽を見極め、撮影中止を避けつつ、犯人を突き止めよ

これまでAI刑事K1の演算と記録力は幾度となく事件を救ってきた。
だが今回は、明確に記録や解析に頼らないでほしいと命じられていた。

“ドラマ撮影”という虚構の世界に潜む“本物の犯罪”を暴くには、
人間の嘘と矛盾と沈黙のなかに潜むロジックを“謎解き”として読み解くしかなかった。

バスが到着したのは、鬱蒼とした森の中にぽつんと建つ木造コテージ。
表札には「水無月山荘」とあった。
築50年は経っていると思われる建物には、どこか人の気配が薄く、湿気と黴の匂いが漂っていた。

堀田は呟いた。

「なんかもう、出そうだな……幽霊でもテロリストでも」

K1は言った。

「私はどちらにも対処可能です。手段が異なるだけです」

「頼りにしてるぞ、相棒」

そして――
その夜、誰も知らないうちに、SNSに1枚の画像がアップされる。

内容は、写りの悪いロケバスの車内写真。
そして、添えられた言葉。

“この中にいるよね、犯人が”

��事件は、すでに始まっていた――

第二章:撮影一日目・影の予兆

山荘の朝は、驚くほど静かだった。

木造建物特有の軋む音と、遠くで響く鳥の声。
日が昇るにつれて、濃い霧が徐々に晴れていく。
その中で、10人のエキストラとスタッフたちが、無言のまま朝食を摂っていた。

手にしているのは、配られたばかりの本番用台本
そして、そこに早くも異変が潜んでいた。

K1は、全員の台本をさりげなく観察していた。
そして、ある微妙な違いに気づく。

「堀田警部補。2ページの3行目、“警部補が銃を構える”という記述が……」

堀田が自分の台本を開いて確認する。

「……あれ? こっちは“警部が銃を落とす”になってる」

K1がさらに5人の台本を見比べ、3つの異なるバージョンが存在することを突き止めた。

A版:警部補が銃を構える

B版:警部が銃を落とす

C版:刑事が銃を誰かに渡す

台本の違いはほんの一行だが――全体の意味がまるで変わる

午前10時。
山荘前の駐車場スペースを利用して、誘拐立てこもり事件の撮影が始まった。

K1と堀田は、“立てこもり現場を囲む警官隊”のエキストラとして配置され、
数メートル離れたところに橘由布子が登場していた。
テレビ局の別ルートから情報を得て、独自取材のため勝手に参加したのだ

橘はエキストラ役として潜入しながら、K1に近づき耳打ちする。

「今朝、X(旧Twitter)に台本の内容が晒された画像が出回ってるわ。
“台詞の一部が未来を暗示している”って……あんたたち、そっちも掴んでる?」

K1が頷く。

「既に確認済みです。
特に、“銃を誰に渡すか”の行に注目しています。
この行為が**“犯人への象徴的許可”として設計されている可能性”**があります」

撮影中、照明係の三谷が突然声を上げた。

「誰だ!? 爆破セット用の模型……勝手に動かしたのは!」

彼が指差したのは、立てこもり現場の“爆破シーン”の小道具。
本来は中に細工はないはずだったが、内部に“本物に見える導線”が埋め込まれていた

一ノ瀬プロデューサー代理は青ざめて現場に飛んできた。

「なにこれ……小道具班、こんなの作ってないぞ!?
……誰かが“勝手に仕込んだ”ってことか?」

堀田がすぐさまK1にアイコンタクトを送る。

K1は小道具をスキャンし、異常を検出。

「この配線、実際に点火可能な回路図に基づいています
だが、作動源は不明。これは“本物に見せかけた模造物”の可能性もあります」

「つまり……“脅し用”か?」

「あるいは、犯人からの“警告”です。
“気づけ、ここにいる”という意思表示」

その昼、SNSにはまた新たなポストが拡散されていた。

「あの人が持ってる台本、他のと違ってた。あの一行、どうして誰も気づかないんだろう」

※投稿元不明(現在削除済)

この内容に反応するように、出演者やスタッフの間で動揺が広がり始めた

「……私の台本、何か違うのかな」
「誰か勝手に差し替えた?」
「こんなときに嘘つく人って……逆に怪しくない?」

空気がざわつく。
犯人は何もしていないのに――人々は勝手に“互いを疑い始めている”

K1は山荘の屋外通路で堀田と合流する。

「犯人の手口は、恐怖の段階的拡大です。
情報の断片をSNSで拡散し、現場にいる者同士を“疑わせる”。
これは“内部崩壊型犯行”と定義されます」

「つまり、全員が“犯人かもしれない”って思わせて、
人間関係を壊しながら犯行の準備を進めてるってことか」

K1は頷いた。

「そしてそれを、“演技”という名の下に覆い隠している

その夜、食後に全員で打ち合わせをしていたところ、
停電が起きた。

電気が戻るまでの15分間――
誰かが2階の1室にこっそり入り、何かを“仕込んだ”。

翌朝、その部屋の鏡に血のような赤いペンで一言が書かれていた

“これは撮影じゃない”

第三章:台本のズレ

夜が明けた。山荘の空気は冷たく、朝霧が窓の外を白く曇らせていた。

前夜、鏡に書かれていた赤い文字――「これは撮影じゃない」
それは、明確な“宣戦布告”だった。

朝食後、K1は参加者全員の台本をひとつずつ確認するよう依頼した。建前は「段取り確認」だったが、目的は別にある。

数えていくと、10人の台本のうち、7冊に微妙な文言の違いがあった。

台詞が「早く逃げろ」ではなく「逃げるな」になっている

ト書きの「爆音が響く」が「誰も気づかない音が鳴る」に変わっている

キャラクター名が伏せられているページがある

堀田がこめかみを抑えた。

「これ、編集したヤツがいる。演出家でもない誰かが……意図的に差し替えたんだ」

橘は、昨晩撮影した山荘の写真データをK1に渡した。

「これ、見て。左の廊下に誰か映ってる。しかも、ライトを反射しないジャケットを着てる。照明係でもなく、カメラでもない」

その人物は、フードを目深に被り、部屋の奥に何かを持ち込むような動き。

「おそらく、昨日の停電中に2階の個室に入ったのは、この人物」

K1が言うと、堀田が続けた。

「誰かが、“撮影シーンの一部”に見せかけて、犯行準備をしてるってことだな」

K1が台本に含まれていたある一連の台詞に着目する。

「この部屋から出るな」
「開けたらすべてが終わる」
「誰かが嘘をついている」

K1は、これらが特定の順序で繋がると、メッセージになることに気づいた。

「この部屋から出るな。誰かが嘘をついている。開けたらすべてが終わる」

「これは、“警告文”として仕組まれた構文だ。誰かが、台詞の中に意味を埋め込んでいる」

さらに驚くべきことに――これらの文は、SNS上で拡散されていた断片投稿と一致していた。

K1は、通信遮断されていた山荘のわずかなWi-Fi痕跡から、投稿時刻と発信ポイントを特定する。

投稿は、2階西棟・撮影機材室から行われたことが判明した。

その部屋にアクセスできた人物は、3人。

照明スタッフ・三谷(40代男性)

女優・飯田亜希子(30代後半、元舞台女優)

俳優志望のエキストラ・西園拓也(25歳、素人)

K1は彼らに聞き取りを始める。

照明担当の三谷は言う。

「おかしいとは思ってた。コードの色が、昨日の朝とは違ってた。
俺の機材に使ってる“赤”の延長ケーブルが、いつの間にか“白”に変わってたんだ」

→何者かが、機材の一部を“ダミー”とすり替えた可能性が浮上。

女優・飯田は、こう語る。

「深夜、誰かが隣の部屋を歩いていた。だけど……足音がしなかった。スリッパの音も、床板の軋みも、何も」

→これは不自然。音の吸収素材か、経験者の動きを意味する。

「……小学生の頃、ロケに連れてこられたことがあるんです。
たしか、あのときADだった人に怒鳴られて、それっきりで……」

堀田が即座に反応する。

「西園、お前……この山荘のことを知ってるのか?」

西園は首を振った。

「いや、それだけです。あとは覚えてません」

K1は彼の目を見つめた。

(この男は――何かを“忘れている”のか、それとも“隠している”のか?)

昼前、エキストラの一人が叫ぶ。

「非常口の通路が……塞がれてる! 何これ!?」

山荘の裏口に繋がる避難経路に、新しい木材が打ちつけられ封鎖されていた。

明らかに“誰か”が、封鎖した

それは、何を意味するのか?

逃げられないということ。
つまり――「ここは、罠だ」。

第4章:封印されたカット 

ロケ2日目の早朝。K1と堀田は、撮影スケジュールにはない“封印されたシーン”の存在を知る。演出部の倉庫に眠っていたそのフィルムには、10年前に撮影される予定だったが、理由不明でお蔵入りになったシーンが含まれていた。

K1はその映像を一度再生し、ある男がカメラの前で「この作品が最後になるだろう」と語る姿を見つめていた。男の名は、川村俊平。現在の名簿には存在しないが、撮影当時は若手の演出補助として参加していた人物だった。

その映像には、演者たちが強く嫌悪を示している様子が収められていた。「川村の脚本は理解不能だ」「演技の邪魔だ」と口々に罵声を浴びせていた。しかも、その直後に撮影は突如中止となり、川村は行方をくらませていたことが分かる。

一方、橘記者は過去の事件記録と村の聞き込みから、10年前に川村の失踪届が出されていたこと、また同じ頃にロケ地近くで不審火があったことを掘り起こす。

堀田は、ロケ地の裏手にある物置小屋を探索する。そこには朽ちた脚本、10年前の名札、撮影メモ、そして“未完”と記された手書きのタイトルページがあった。

タイトルは『選ばれなかった演者』。

さらに裏紙には赤文字で、「彼らに見せねばならない。演じた罪を」と書かれていた。K1はこの文脈から、川村が10年前のロケ事故を「事件」と捉えていたことに気づく。つまり今回の騒動は、彼が仕掛けた『復讐劇』のリメイクだ。

その夜、SNSに「灯は再び灯る。最後の幕は、閉じられるのを待っている」という新たな詩が投稿される。犯人は確かに生きていて、今もどこかからこの撮影を“演出”している――

第五章:証言のずれ

午後2時。空はどんよりと曇り、山荘の外では冷たい風が木々を揺らしていた。 山奥のコテージには、電波も満足に届かず、唯一のWi-Fiルーターも午前中から沈黙したままだ。

スタッフ全員が屋内に閉じ込められる中、K1は集めた証言を一覧に並べていた。

「おかしい……すべての証言が、“微妙に”ずれている」

■ズレた証言①:三谷の“白いケーブル” 午前の証言では「白い延長ケーブルは見たことがない」と述べていた三谷だったが、 午後の再聴取では「過去に1度だけ白を使ったことがある」と証言を修正していた。

堀田が呟く。「記憶が曖昧なのか、それとも“誰かに言われた”のか……」

■ズレた証言②:飯田女優の“足音” 午前中、「足音がしなかった」と強調していた飯田だったが、午後の聴取では「もしかしたら風かも」と曖昧に。

橘がメモを見せる。「これ、私が朝聞いた通り書いたやつ。彼女、確かに“誰かがいた”って断言してた」

K1は言う。「誰かが彼女に、圧力をかけたか、心理的に影響を与えた可能性がある」

■ズレた証言③:西園の“昔の記憶” 午前、「小学生の頃に来た」と語った西園だが、午後には「たぶん違う場所と記憶が混じっていた」と話を濁した。 だが、K1はその訂正を明確に“嘘”と断定していた。

「記憶を消そうとする人間には、“特徴的な防衛反応”がある。さっきの西園がまさにそうだった」

■“連絡帳”の発見 エキストラの一人、初老の俳優・志村が台所脇の棚から古い“スタッフ連絡帳”を発見した。

日付は15年前、まだこの山荘がテレビ局の所有だった時期。 そこには「ADカワムラ」の名が繰り返し書かれ、「深夜の撮影強行」や「責任押し付け」などの苦情が並んでいた。

K1が読み上げた。 「“精神的に限界です。誰にも理解されません。誰か、止めてください”」

堀田が目を細める。 「……ADカワムラ? この中に、昔カワムラっていたのか?」

橘がノートPCを叩きながら調べる。 「その当時のAD、川村祐一。25歳で入社、3年後に退職。その後は行方不明」

■“防火扉”の裏に貼られた紙 機材室裏にある防火扉。K1が偶然手をかけたとき、その裏にセロテープで貼られた1枚の紙が落ちた。

それは、SNSに投稿された“詩”の未公開部分だった。

「告げよ、演者よ」
「誰が真に台詞を語り、誰がただの記憶をなぞるか」

K1がつぶやく。 「この犯人は、“演じること”と“記憶すること”の区別を破壊しようとしている」

■再び封鎖された裏口 スタッフの一人が叫んだ。 「さっき開いてた裏の窓が……今、また閉まってる! 中からロックされてる!」

裏口の封鎖は解除されたはずだった。 K1がすぐさま現場を確認し、ドアノブの裏側に“指紋認証式ロック”が後付けされているのを発見。

「誰かが、“中から”再封鎖している。そしてそれは、“ここに潜んでいる”ということだ」

堀田が震えた声で言った。 「このままだと……外に出られなくなる」

外は、今にも雪に変わりそうな冷たい雨。 閉ざされた山荘。崩れはじめた証言。 消された記憶と、蘇る過去。

K1が口を閉じ、橘のほうを見た。 「“台詞”を、もう一度見直そう。そこに“次の犯行の手口”がある」

第六章:閉ざされた夜

山荘の時計が午後八時を指す頃、山奥の空には細かい雪が舞い始めた。 携帯の電波は届かず、インターネット回線も依然として沈黙している。 照明は最低限。暖房も抑えられ、山荘内は静寂と不安に包まれていた。

スタッフとエキストラたちは一室に集められていたが、誰もが互いを疑いの目で見つめていた。

■“台本”の中の暗号 K1はようやく撮影予定だったドラマ台本の第8話に気づく。 そこに記された一文。

「あのとき、火の粉を払ったのは誰だった?」

橘が呟いた。 「これ……さっきのSNSの詩と構造が似てる」

さらにK1は気づく。 第1話~第8話の各話タイトルの頭文字を縦読みすると、 「カワムラサンハワスレナイ」となる。

「……誰かが、確実に“仕込んでいる”」

■夜の“演技練習” ディレクターの武村が、皆の不安を和らげるために提案した。 「台本どおり、夜の撮影シーンをリハーサルしてみませんか? 動いていたほうが落ち着くでしょう」

リハーサルの中で、西園がセリフを噛む。 それに対して志村が小声で指摘した瞬間、西園が激高。 「おまえだろ!? あの時、俺をはずしたのは!!」

山荘内に緊張が走る。

堀田が割って入る。 「落ち着け。これは演技じゃない。本音だろう」

■“もう一枚の詩” K1は撮影用の小道具トランクを調べていた。 そこに、不自然な厚紙が挟まれているのを見つける。 裏面には手書きで、次のような文が書かれていた。

「夜は、記憶を狂わせる。台詞は嘘を照らし、沈黙は真実を隠す」

橘がささやく。 「この犯人、私たちを“観客”にさせようとしてる」

■照明が落ちる その瞬間、山荘全体の照明が一斉に落ちた。 真っ暗な中、誰かの悲鳴。 誰かの足音が廊下を走り抜ける。

K1がLEDライトを点け、すぐに動く。

機材室のドアが開いていた。 中には……誰もいない。だが、そこにまた新たな“詩”が。

「ここで終わらせるか、始めるか。君たちが決めろ」

堀田が怒鳴る。 「ふざけるな! 俺たちは“ゲーム”じゃねぇんだ!!」

だが、静寂がそれを飲み込む。

■“封鎖”の報告 橘が外に通じる唯一の林道の写真を持ってきた。

「SNSで投稿されてた。今朝、誰かが撮ったって」

そこには大型トラックが横転し、通行止めになった林道の画像。 本物か合成かは分からない。

K1が小さく呟く。 「私たちは……閉じ込められた。“誰かの脚本”の中に」

疑念が、空気のように充満していた。 暗がりの中、誰かが咳払いする。

橘がその方を見た。 「ねえ、あなた……台本、持ってないはずなのに、今の台詞、どうして知ってたの?」

全員がその男を見つめる。

その瞬間、山荘の奥で、ドンッという物音が鳴った。

K1が静かに立ち上がる。 「――今夜が、鍵だ」

第七章:過去からの手紙

深夜0時。コテージはなおも沈黙に包まれていた。 外は雪が本格的に降り始めていた。 発電機によって最低限の電力は確保されたが、廊下の照明は不安定に点滅を繰り返していた。

K1は暖炉の横に座り、火の揺らぎを見つめていた。 橘は手帳を開き、改めて登場人物の証言を時系列で再構成している。

■“古い封筒”の発見 台所裏の古い引き出し。 堀田がふとした拍子に奥の底板を外すと、そこから埃をかぶった封筒が見つかった。

宛名は「川村祐一 様」 差出人は、番組プロデューサー・柿原。 日付は15年前。山荘で撮影されたドラマの最終日。

中には、短い手紙とともに、写真が数枚。

祐一へ
あの日、お前を守ってやれなかったことを悔いている。
あの深夜、全員が眠ったあと、お前が書いた台詞案を読んだ。
きっと、この業界でお前は“敵を作りすぎた”んだ。
だが、才能は本物だった。
どこかでまた、新しい脚本を書いていると願っている。

写真には、若き日の川村と思われる青年が、笑顔でケーブルを巻いている姿。 その背後に写り込んだスタッフの一人に、現在ここにいる志村の姿があった。

K1が写真を見てつぶやいた。 「志村は“川村を知らない”と証言していた……。しかしこれは?」

堀田は苛立ちをあらわにした。 「なんで今さら、こんなもんが出てくるんだ……。何かが、意図的に“発見されている”」

■“演出”された発見? K1は山荘の内部構造を図面で確認し、封筒のあった台所裏の板に細工されていた跡を見つける。

「これは……昨日、誰かが外した。そして、戻した痕跡がある」

つまり、川村の過去を示す封筒と手紙は、誰かが“わざと”見つかるように仕掛けた。 だが、それは“誰かの無念”か“誰かの罠”か。

橘が言う。 「ねえ、K1……この台詞案、最近使われた脚本とそっくりなの。今のプロデューサーの作品」

堀田が眉をひそめた。 「つまり……川村の過去が“盗まれて”、誰かがそれを放置してきたってことか?」

K1が頷く。 「過去の“盗作”、過去の“隠蔽”、そして現在の“脅迫”。これらは同じ線上にある」

■“隠された演出台本” もう一つ、スタッフ控室の壁の裏から、密かに隠された脚本ファイルが見つかる。 それは“非公開”の台本、つまり内部スタッフ用に作られた“演出マニュアル”。

そこには、撮影中に実際に使用する“小道具の設置場所”や“即興対応マニュアル”などとともに、 “川村ADによる非公式演出案”が多数書き込まれていた。

堀田が息を呑む。 「これ、今の俺たちが体験してることと……ほとんど一致してる」

橘が言った。 「つまり、私たちは今……15年前の“演出案”の中にいるってこと?」

K1の目が鋭く光る。 「この山荘の“舞台監督”は、いまだに現役だ。姿は見せていないが、確実にここにいる」

そのとき、ドアが軋む音がした。 誰かが廊下を歩いている。

K1はゆっくり立ち上がる。 「この“劇”の終幕に近づいてきた。幕が開くのは……次の瞬間だ」

第八章:俳優の告白

午前3時。 山荘内は再び沈黙に支配されていた。 誰もが眠れぬまま、暖炉の火を見つめながら時を過ごしていた。

その沈黙を破ったのは、主演俳優・如月だった。

「俺……知ってたんだよ。川村って名前。あの時のAD、顔は覚えてなかったけど……でも“あの声”は、今でも耳に残ってる」

K1が促すように目で合図を送る。

■“あの夜”の再現 如月が語った。 15年前、ある深夜のリハーサル。 主演俳優だった如月は、本番中にミスを連発し、川村ADから厳しく指摘された。

「……あの時、ムカついたんだよ。でも、俺が悪かった。 俺がプロデューサーに言った。“あいつ態度悪すぎる”って。軽くチクったつもりだった」

だが、川村は翌日突然姿を消した。 理由は伝えられず、名前はスタッフ名簿からも消されていた。

如月は、自責の念を抱えながらも口を閉ざしてきたという。 「俺……この中に、あの川村がいるんじゃないかって、ずっと思ってた」

■“役を演じている”者 K1は皆を集めて問いかけた。

「皆さん、この中に“嘘の役割”を演じている人がいるとしたら、誰だと思いますか?」

しばし沈黙。 そのとき、志村が答えた。

「……私は志村ではない」

一同が凍りつく。

志村はゆっくりと立ち上がり、深く一礼した。

「本名は“白石康浩”。フリーの脚本家で、今回の現場には記録係として“潜り込んだ”」

なぜ? という問いに、彼は語る。

「この作品の構成が……あまりにも川村のアイデアに酷似していた。確証はなかったが、現場で“盗用”の証拠を探すつもりだった」

堀田が詰め寄る。 「盗用だと……それを公表するつもりだったのか?」

白石は頷く。 「この作品を世に出すなら、川村の名前を伏せたままではいけない」

■再びの警告文 そのとき、暖炉の中から紙が舞い上がる。 誰かが“くべた”らしい。

灰の中から引き上げた半焼けの紙。 そこには走り書きされた文章。

「ラストカットはまだだ。クライマックスは次の朝。君たちは“幕切れ”を演じるのだ」

K1が告げる。 「次の朝……何かが起きる。川村、あるいはその名を語る者が、この“舞台”の終幕を演出しようとしている」

橘が小さくつぶやく。 「じゃあ……今この瞬間も、私たちは誰かに“観られてる”?」

堀田が窓の外を見やる。 闇の中に微かな赤い点——カメラのランプ。

K1が冷静に言った。 「撮影は、もう始まっている」

第九章:ラストカットの朝

夜明け。 雪は止み、山荘の屋根や樹々は白く染まっていた。 空はかすかに青みを帯び、長い夜の幕がようやく下りようとしていた。

だが、その朝が“終幕”であることを、誰もが悟っていた。

K1は早朝、山荘の地下にある“ロケ用保管室”を調べていた。 スタッフの誰も立ち入った記録がないその部屋。 鍵は開いていた。

そこには、15年前の道具や衣装、カメラ、そして一冊の台本が残されていた。

■“川村のラストシナリオ” 台本の表紙には、手書きでこう記されていた。 『最終話:ラストカットの朝』

K1がページをめくる。 物語は、誘拐犯がコテージに立てこもり、警察が説得する中で“過去に追い詰められた人間”が真実を語り、暴かれる構図だった。

「……今、俺たちが演じている構図と、まったく同じだ」

堀田がつぶやく。 「つまりこれは……15年前に川村が書いた未発表脚本。そして今、俺たちはそれを知らずに“再演”していた?」

■帰路の封鎖 そのとき、橘が外から飛び込んできた。 「林道が崩れて通行不能だって……携帯も圏外のまま。誰かが意図的に連絡を遮断してる」

そして、山荘前の木に釘で打ちつけられた紙が発見された。

『最後の役割を果たす者は、誰だ。川村の物語に終止符を打て。』

全員がその場に集まり、沈黙する。

如月、白石、橘、堀田……そして10人の中の老若男女。 この中に、まだ“嘘の役”を演じている者がいる。

K1が言う。 「誰かが“川村の物語”を終わらせようとしている。あるいは、続けようとしている」

■照明、再び落ちる そのとき、再び山荘の電源が落ちた。 朝の光だけが、窓から微かに射し込む。

暗闇の中で、誰かが言った。

「川村……は、まだここにいる」

声の主は、今まで一度も発言していなかった中年男性・名倉だった。 彼は震える声で続けた。

「俺は昔、番組制作にいた。川村と同期だった。……だが、ある日、俺はプロデューサーに言われたんだ。“お前の方が上手くやれる”って」

「……俺は、黙ってた。川村の台本を、そのまま自分のものにして……今の地位を築いた」

衝撃の告白に、誰もが言葉を失う。

K1が静かに問う。 「あなたが、川村の“復讐劇”を演出しているのですか?」

名倉は首を振った。

「違う……俺には、そんな勇気も、覚悟もない。だが、こんな劇を起こせるのは……川村しかいない。もし、生きているなら」

沈黙。 そして、山荘の奥から再び足音が響いた。

白いロングコートを着た、見覚えのない男が現れた。

「終わりにしましょう」

K1が問いかける。 「あなたは?」

男は微笑んだ。

「……私は、脚本家です」

第十章:選ばれなかった演者

白いロングコートの男は、暖炉の前に静かに立ち、皆を見渡した。

「私の名前は、川村俊平。 15年前、この場所で消えたADです」

一同が凍りついた。

■復活した“脚本家” 川村は、確かに生きていた。 かつて番組制作のADとして現場に携わり、理不尽な扱いを受け、誰にも顧みられず消された存在。

「私の作品は、盗まれました。 誰も私の名前を覚えていない。それでも……私には、残されたものがあった」

それが、“未発表の脚本”。

彼は静かに語る。

「私が描いたのは、“記憶に残らなかった者”の怒りと悲しみ。 でもそれは、ただの復讐劇ではありません。 皆さんが“誰かの記憶に残る”とはどういうことか……それを、見せたかった」

■明かされる仕掛け この2日間、山荘内に設置されたカメラはすべて川村によるものだった。 照明や音響の操作、紙片や詩の配置、暗号化された脚本。

「皆さんが発言した言葉の断片も、すべて“脚本にある台詞”でした」

白石が驚く。 「つまり……俺たちは“演じさせられていた”?」

川村はうなずく。

「本物の感情が湧くよう、脚本はあえて曖昧に書いた。 皆さん自身の記憶や罪悪感、後悔が、その“行間”を埋めてくれたのです」

■最後の選択 K1が問う。

「この“劇場”は、誰のためだったのか。 復讐?それとも贖罪?」

川村は笑わなかった。 ただ、長い沈黙の末に言った。

「……私は“選ばれなかった”。 でも、だからこそ、“選ばれなかった者の叫び”を書き残したかった」

彼は、カバンから一枚の紙を取り出した。 それは、新作脚本の表紙だった。

『第十一話:静かな撮影現場』

橘がそのタイトルを読み上げ、目を見開いた。

「これは……この事件の“続編”?」

川村は首を横に振った。

「いいえ。これは、皆さんが今から演じる“現実”です」

■照明が戻る そのとき、山荘に電力が戻った。 明かりが灯り、カメラの赤いランプがすべて消えていた。

堀田が息をのむ。 「カメラが……オフになってる?」

K1が一歩進み出た。

「この物語は、終わりではない。 だが川村さん、ひとつだけ確認させてください。 この一連の出来事に、危害は加えられていませんか?」

川村は頷いた。

「誰も傷つけてはいません。脚本通りです。 ただ、真実と向き合っていただいただけ」

■川村の逮捕 その直後、到着した県警の刑事が川村に手錠をかけた。

「川村俊平、あなたを監禁および威力業務妨害の容疑で逮捕します」

川村は抵抗せず、ただ目を閉じてつぶやいた。

「これで……ようやく幕が降りる」

■静かな結末 3日目の朝、警察の救助隊が全員を安全に山荘から移送した。

山荘での出来事は、関係者間だけの“異常なリハーサル”として処理された。 川村の名は再び伏せられたが、業界内では静かな波紋が広がった。

後日、橘がまとめた記事がネットにひっそりと投稿された。 タイトルはこうだった。

『選ばれなかった演者の物語』

その中に、川村の言葉が引用されていた。

「物語の終わりは、演者が選ぶのではなく、観客が心に残すものだ」

──静かに幕が下りる。

《完》

【あとがき】

“記録されなかった者”に光を当てること。
それが本作のテーマです。
SNSやメディアが「記憶に残る者」ばかりを拾い上げる中で、名前も映らなかった誰かの思いは、静かに沈殿していきます。
だが、それが表現の原動力となることもある。
川村俊平の“脚本による復讐”は、誰も傷つけず、誰よりも記憶に刻まれるかもしれません。
演者は舞台を降り、読者にバトンを渡しました。
――あなたは、どんな物語を読み取ったでしょうか。

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