AI刑事 闇融資の審判 | 40代社畜のマネタイズ戦略

AI刑事 闇融資の審判

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まえがき

「小さな町の信用組合で起きた、ただの経理ミスかと思われた出来事。だが、その背後には、17年間隠され続けた悪意と、国策までもを揺るがす金融の闇が潜んでいた──。」

本書『沈む通帳』は、AI刑事シリーズとして描かれてきた社会派サスペンスの最新作です。今回は架空の地方金融機関「三崎信用組合」で起きた不正融資、名義貸し、ガバナンス崩壊という前代未聞の事件を軸に、AI刑事K1と堀田刑事、そして記者・神谷ひとみが再び立ち向かいます。

デジタル監査が進む現代において、それでも人間の“慣れ合い”や“見て見ぬふり”が、いかに重大な破綻を招くか──。読者の皆さまに、少しでも「お金」や「組織の倫理」について考えていただけるきっかけになれば幸いです。

目次

まえがき

登場人物一覧

第1章「消された融資帳簿」

第2章:燃える通帳

第3章:ゼロからの警告

第4章:シレンの起点

第5章:瓦礫の中の通帳

第6章:破綻の連鎖

あとがき

登場人物一覧

名前役割
K1(ケイワン)AI捜査官。高度な解析能力と論理構築で捜査を主導。
堀田 誠司警視庁捜査二課のベテラン刑事。地道な聞き込みと現場力に定評。
神谷 ひとみ経済部の記者。真実を追う強い信念を持ち、事件の核心に迫る。
朝倉 康彦三崎信用組合の現理事長。不正を止められなかった責任に苦しむ。
堂前 勝利元理事長。実質的な事件の首謀者。独裁的な経営で組織を支配。
香取 美晴信用組合内部の情報提供者。父の不正融資に苦しむ元職員。
吉岡 太一財務省地方金融課の官僚。国の支援金流用疑惑に直面する。
ソルバンク法律事務所信組に関与した顧問弁護士団。不正黙認の疑いがある。

第1章「消された融資帳簿」

2025年6月。梅雨前線が低く垂れこめ、東北地方の港町・**春波市(はるなみし)**は灰色の雲に包まれていた。

この街に拠点を構える地方信用組織──春波信用協同組合
その名が全国紙の一面を飾る事態となっていた。

「不正融資247億円」「17年に及ぶ虚偽帳簿と隠蔽工作」
報道は“日本の金融倫理の死”とまで書き立て、地元の高齢預金者たちは混乱し、窓口に列をなした。

東京・霞が関。警視庁サイバー犯罪対策本部。
K1──AI刑事は、静かに異常なデータ通信ログを解析していた。

「春波信協の深夜アクセスログ、複数件確認。通常運用外の時刻、複数の帳簿ファイルに削除操作──」
K1の無機質な音声が、静かな部屋に響く。

モニターには、「3:12AM」「5:47AM」などと時刻の刻まれた異常アクセスと、削除された「帳簿類(.xls)」の履歴。
アクセス元は“不明”。

K1の人工音声がつぶやいた。

「財務記録が、誰かによって“闇”に葬られた」


その報せを受けたのは、都内の地下鉄構内にいた記者、神代ひとみ(かみしろ・ひとみ)

「K1?」

『春波信協で、帳簿ファイルの削除と痕跡隠滅が行われています。実行者は内部権限保持者。まだ“中にいる”』

「……行くわ」


春波市・港区。
漁港に近い古びた街並みに佇む春波信用協同組合本店
一見すれば地元密着の温和な金融機関だが、内部は修羅場と化していた。

応接室にて、理事長の**根岸克彦(ねぎし・かつひこ)と、常勤監事の戸倉周作(とくら・しゅうさく)**が顔を強張らせて座っていた。

神代ひとみが、開口一番に切り込む。

「“借名口座”1239件、総額229億円。──なぜ、こんな長期間隠せたんですか?」

根岸は目を伏せ、戸倉が答える。

「旧経営陣、特に前理事長の**江ノ島貴則(えのしま・たかのり)**が、すべてを牛耳っていました。我々も……全貌は把握していなかった」

「では、現在進行中の“帳簿抹消”は?」

沈黙。神代のイヤホンにK1の声が流れる。

『“マスターアクセスキー”が今も生きている。江ノ島氏が使っていた特別ID。アクセス元不明、ログの改ざん機能付きです』

神代の眉が動いた。

「理事長が消えても、まだ“影”が残ってる……」


同じ夜。春波市の郊外ホテル。
刑事の**堀田誠司(ほった・せいじ)**は、一人の元職員と密談していた。

「特別帳簿……“定例ファイル”って呼んでました。実態は、迂回融資と帳簿外資金の一覧です。毎月、暗号化USBで記録され、理事長室の“私物ロッカー”に保管されてました」

「今、そのUSBは?」

「今年の3月に“廃棄命令”が下されました。でも……最終版、私の手元にあるかもしれません」


夜明け前の東京。
警視庁のAIラボにて、K1はそのUSBをスキャン。データ復元が始まる。

「異常検知。正規帳簿に存在しない“幻の貸出先”数十件……。うち複数が実在しない法人。金融取引に偽装された組織的詐欺の兆候」

データの中には「補助金名義変換一覧」「架空法人名」「管理者コード:NISHIJIMA 99」などの不審なファイルも。


翌朝。
神代ひとみは報告を受け、K1と堀田と共に静かに言った。

「これはただの“帳簿ミス”じゃない……。“公的資金の略奪”だ」

K1が、無感情に告げる。

「国家支援金・震災復興資金までもが、虚偽名義でロンダリングされていた形跡あり」

福島県東陽市──かつて炭鉱で栄え、今は静かな地方都市として再出発を目指す町。その中心にある「東陽信用連合」は、地元の生活に根を張る金融機関だった。

だが、この信用組合の融資部門には、長年にわたり闇が潜んでいた。

「なぜ、2007年からの7年間の帳簿が、どこにも存在しない?」

AI刑事K1のモニターに映し出されたデータベースの空白期間。堀田誠司刑事が隣で息を飲んだ。

「その間に、不正な借名口座やペーパーカンパニーが次々と開設された記録が、別の公的データベースには残ってる……なのに肝心の信用連合の帳簿には何もない」

「帳簿は、削除されたのではなく、“最初から入力されなかった”可能性がある」

K1は淡々と告げる。

「つまり、紙の世界で、すべてが処理されていたということです」

「……旧体制のアナログ主義か」

堀田は眉をしかめた。

一方、神谷ひとみ記者は、旧本店ビルの地階にあった資料室を訪れていた。案内役は、かつて信用連合で窓口業務を担当していた元職員・真壁瑠衣。

「この部屋……かつて“影の融資室”と呼ばれていたんです」

「影?」

「公には存在しない部門でした。旧理事会長・大槻浩道の命令で、特定の案件だけをここで処理していたと聞いています」

部屋の隅には、茶色く変色した帳簿が山積みされ、埃をかぶったまま無造作に置かれていた。

その中に、複数の帳簿の背表紙に貼られたシールがあった。

──【特定資金口】
──【職員専用】
──【非公開貸出】

「やはり、裏帳簿が存在した……!」

神谷はスマートグラスに記録を開始し、データを即座にK1に転送した。

その夜、東陽信用連合の現役職員からK1に匿名メッセージが届いた。

《私は内部職員です。監事の山名が、一部の帳簿を“事故焼却”したことを知っています。会議では“火災で焼失した”と虚偽説明していました》

堀田が小声でつぶやく。

「証拠隠滅か……」

しかも、その“火災”は、組合の防火システムがなぜか作動せず、近隣住民にも通報されていない。

「計画的な消失だとしか思えませんね」

K1はすぐに、焼失前に倉庫へ出入りしていた人物の出勤記録とセキュリティカメラの動きを照合した。

──山名監事、元総務部長・中条正嗣、そして元理事会長の甥である佐山英之の3人。

さらに、神谷のもとには匿名の告発資料が届く。

表紙にはこう記されていた。

──《融資管理台帳・“B-7系統”原本(抜粋)》
ページをめくると、一般顧客の名義を使った借名口座の一覧、そして“処理済”と赤で書かれた箇所に記された不審な融資履歴。

「これは……明らかに詐欺の構図……」

ひとみは思わず息を呑んだ。

AI刑事K1は、元帳簿のOCR(画像読み取り)を用いたデジタル復元を開始。その結果、複数の不正口座が「預金者不在で開設された」事実が浮かび上がる。

しかもその多くに、同じ担当者の名前──「江尻隆晴」元副理事の手書きサインがあった。

「この人物が中核……?」

さらに調査を進めると、東日本大震災後に国から交付された「復興特別資金」が、不正融資の“返済資金”として使用されていた形跡があった。

「つまり、被災者支援の名目で得た資金を……隠蔽のために流用したってことか」

堀田は拳を握りしめた。

そんな中、元総務部長・中条正嗣がメディアのカメラの前でこう語った。

「私は何も知らない。ただ、言われたとおりに処理しただけだ」

だが、その手元には自筆で署名された複数の帳簿控え──すでに焼失したとされる帳簿のコピーが残されていた。

「彼は、“保険”として写しを持っていた……」

K1が導き出した推論に、堀田はうなずいた。

「追い詰めれば、必ず口を割る」

その数日後、ある老人が警視庁に出頭してきた。

「私が……すべてを知っている。旧理事会の裏金の流れも、帳簿の隠し方も」

その名は、元監査室長・宇佐美源吾(うさみ・げんご)。10年前に引退したが、いまだに地域の名士として影響力を持つ人物だった。

「私は、かつての信用連合を信じていた。だが、大槻会長がすべてを壊した……私は、自分の手で証明したい」

彼が提供したのは、複数の裏帳簿と、資金洗浄のルートを記した「金流図」。

それは、AI刑事K1が求めていた最後のピースだった。

東和信用組合の元幹部・重岡貞則が記録していた「黒ノート」の存在が、東京地検特捜部とAI刑事K1の合同捜査チームによって押収されたのは、令和7年6月3日未明のことだった。

そのノートには、17年間にわたる「無断借名融資」と「ペーパーカンパニー迂回融資」の裏側が、克明に記されていた。


供述調書に応じた元幹部・浅倉三郎は、震えながらこう語った。

「俺たちだけじゃない……理事長も、専務も、歴代の連中みんな知ってた。黙って続けるしか、なかったんです……」

「黙っていた」のではない。組織ぐるみで「黙らせていた」のだ。内部通報制度は名ばかりで、過去3件の通報者はいずれも左遷か依願退職を余儀なくされていた。

そのうちの一人が、7年前に退職した元審査担当・水谷直人。彼はAI刑事K1に匿名で接触し、こう明かした。

「“消えた”口座があったんです。開設の記録が存在せず、でも資金が動いていた。あれは……完全に別ルートの帳簿でした」


K1の演算処理によって、通常の会計帳簿とは別に存在していた“影の帳簿”が浮かび上がる。

・借名口座:124件
・ペーパーカンパニー口座:42件
・不正融資の補填に使われた相殺処理の記録:37件
・内部処理用マイクロファイル:94件

これらすべてが、旧システムのサーバー内に隔離フォルダ「/balance_shadow/」として存在していた。

そのアクセスログには、故・重岡貞則と、前理事会長・赤堀剛の名前が残っていた。


「ここで手を引け。お前にも家族がいるだろ?」

証券取引等監視委員会の捜査官・寺島が、K1に渡した音声データには、何者かによる圧力の声が記録されていた。

声紋分析の結果、相手は元監査役・沼田光正──すでに高齢のため実務から退いていた人物だった。

だがその背後に、東京の政治家秘書団が介在していたことが判明。国の復興資金200億円の一部が、“無断借名返済”の補填に使われたという指摘が、政治圧力の根源となっていたのだ。


6月5日、深夜0時過ぎ。元職員の女性・岸本まゆみが、記者・神谷ひとみと共に記者会見を開いた。

「私は、父の名前を勝手に使われました。生きていた証を、勝手に“金”に変えられたんです」

この言葉は、翌日の全国紙の一面を飾った。


K1は、あらゆる記録と証言を整理し、最終報告書を作成した。

タイトルは「融資ガバナンス崩壊の構造解析」。

その結論はこう記されていた。

「不正を可能にしたのは個人の悪意ではなく、組織に染みついた“沈黙の文化”である。沈黙こそが最大の加害者だ」


6月7日朝、東和信用組合前会長・赤堀剛、元常務・野津川勝、元監査役・沼田光正ら7名が、不正融資・背任・横領の容疑で一斉逮捕された。

全国信用協同組合連合会は新たな管理体制を発表し、同組合の破綻処理を回避するための資金注入と経営刷新が進められることとなった。

そしてK1の元に、神谷ひとみから一通のメッセージが届く。

「これで終わりじゃない。全国にまだ“第二の信用組合”があるはずよ。今度はそっちも暴いてやる」

AI刑事K1の目が、静かに光った。

第2章:燃える通帳

東和信用組合の元幹部らが逮捕された翌週、福島県郡山市の郊外にある廃倉庫で、謎の火災が発生した。

午前3時21分、通報で駆けつけた消防隊が発見したのは、焼け焦げた帳簿の束と、大量の紙灰が舞う空気だけだった。
警察の鑑識は即座に、これは“証拠隠滅”の意図があったものと断定。

その場所から数キロしか離れていないエリアには、東日本大震災の資金支援対象となった複数の信用組合が拠点を構えていた

「また別の組合が関与してる可能性がある」
AI刑事K1は、すぐにデータ解析に入った。


一方、東京では神谷ひとみ記者が、新たな情報提供者と接触していた。

名を斉木涼子という30代の女性。彼女は、かつて「三珠信用組合」に勤めていた元職員で、
今回の火災で焼失した倉庫の中身を「知っている」と話した。

「あれは、三珠信用の“第二倉庫”。預金通帳のバックアップ保管庫でした」

「廃棄されるはずだった古い帳簿も一部保存されていたんです。本来はシュレッダーにかけて処分されているはずのものも……」

「でも、“帳簿の一部”だけは、なぜか保管され続けていた。なぜだかわかりますか?」

神谷はその場でうなずく。

「返済履歴を“修正”するため。都合のいい証拠だけを残すため……」

斉木は笑みを浮かべた。

「当たりです」


K1が解析した火災現場のドローン映像から、倉庫に出入りしていた車両のナンバーが割り出された。

そのうちの1台は、**「三珠信用組合 会津支店」**の元営業部長・湯原達也の所有するものだった。

しかも、湯原は2年前に“依願退職”という名目で組合を去っていたが、
その直前、震災支援枠で行われた**「復興緊急融資」38件の与信審査を一人で処理していた**人物だった。

「これは偶然ではない」
K1は警察庁の堀田誠司刑事にデータを送信。

「湯原が動いた証拠はある。焼却記録とGPSの移動軌跡が一致する」

「そして彼は“次の組合”の共通点を知っている可能性がある」


神谷は、湯原の自宅がある郡山の閑静な住宅街に向かった。記者クラブの取材許可は出ていないが、
彼女は「このままでは何も進まない」と一人で決行した。

インターフォンを押すと、中から出てきたのはやせ細った中年の男。
――湯原本人だった。

「……あなたが神谷さんか。来ると思ってたよ」

湯原の手には、通帳が一冊、握られていた。

「本物の記録は、ここにはない。だが“場所”は知ってる。ついて来ますか?」

神谷は一瞬躊躇したが、頷いた。

「行きます」

湯原の車は、郡山の市街を抜け、山間部の旧鉱山地帯へと向かった。

その途中、湯原が漏らした言葉に、神谷は凍りつく。

「……三珠信用のデータセンターにも、火がつけられると思う。
 俺たちが黙ってきた“取引先”が、もう証拠を消しに動いてる」


そのころK1は、焼けた帳簿から復元されたわずかな印字パターンから、一つの帳簿コードを導き出していた。

それは三珠信用の内部で使われていたコード
KMT-1147──“仮名名義付き口座”を示すものであった。

K1は、バックアップデータからそのコードが最後に更新されたのが
令和7年4月21日、午後3時17分であることを突き止める。

そのとき、別の異常な記録が浮上する。

アクセス元:総務部端末A-05(現在は廃棄済と報告)
操作担当:不明/操作ログ上書き検知
ファイル名:zero_pass_init.sql

K1は呟く。

「ゼロパス……まさか、これが“ゼロ帳簿”の導入準備か?」

東京・警視庁捜査一課第七係の会議室。
AI刑事・K1のホログラムが、室内に広がる情報の海を照らし出していた。

「三条信用組合からの内部告発文書、および財務局への提出書類を解析した結果、帳簿の消去が行われた日付が2022年9月30日深夜であると特定されました」
K1の音声は冷静だったが、堀田刑事の眉がピクリと動いた。

「この日……前理事長の山岸が突然辞任した日だ。何かがあるな」

「はい、加えてこのデータベースから削除された“貸出先コード”の一部が、旧式のLTOテープで一時的にバックアップされていた形跡があります。場所は三条支店・地下倉庫」

神谷ひとみ記者が静かに呟く。「……そのテープ、まだ残っている可能性が?」

「高くはありません。だが、私の解析によると、消去処理のログが意図的に“タイムスタンプ改竄”されており、少なくとも不正の隠蔽を試みた人物が複数関与していたことは確実です」

その頃、新潟地検は三条信用組合本部に家宅捜索を入れていた。
現場では帳簿を焼却しようとした証拠物品が押収されたという。


夜、神谷はあるメールを受け取った。

差出人は不明。
件名は「YAMANAKA – PROJECT R」
添付されていたのは、理事長・山岸が2004年から温めていた資金運用計画の草稿だった。

“地域密着型金融の限界を超える”と銘打たれたその資料には、
架空法人を通じたリース契約スキーム、農業法人への実態なき貸付計画、
さらには「政治的口利き」リストまでが記されていた。

「これは……完全にアウトじゃない……?」

神谷はすぐさま堀田刑事に共有。
翌朝には警視庁のK1が「プロジェクトR」の追跡を開始した。


K1の分析により、いくつかの驚くべき共通点が浮かび上がった。

“消された帳簿”にあった融資先の多くは、表向き“地方の再生支援法人”だったが、実態はほぼゼロ。

それらの法人はすべて、2005年〜2015年の間に一度だけ、いずれも特定の税理士法人を通じて登記されていた。

登記住所を辿ると、最終的に東京・港区の一棟ビルに収束した。

その名は──浜路総合会計事務所

「名前は聞いたことがあるな……政界や官界にも顔が利く老舗会計事務所だ」

堀田の口調に警戒が混じる。

「この事務所が“偽名義口座”の作成にも関与していたなら、単なる地方金融機関の不祥事じゃ済まされないぞ」

K1の演算グラフが一つの関連性を示した。

「この事務所と三条信用組合、そして長岡市の元市議との間に、資金フローの一致があります。口座は……“特別融資制度推進会”の名義で開設」

「特別融資制度推進会……それ、震災支援を掲げてた団体じゃなかったか?」

「表向きは、です。だが内部から発信される資金の一部は、個人名義に変換され、仮想通貨を介して海外送金されていました。中継地点は、パナマ、そしてドバイです」


堀田は深夜、思わず椅子にもたれた。

「つまりこういうことか──地方の信組を隠れ蓑に、税理士法人、政治家、地域団体が一体となってカネを回していた。それが十数年、表沙汰にならなかった」

神谷は目を閉じた。

「……帳簿だけが、彼らの“記憶”だった。でもそれが消されたということは、全員で過去を捨てようとした証拠」

K1の声が再び響く。

「ですが記憶はデータとして、痕跡を残します。次の解析フェーズに移行します──“音声記録群F25”」

画面には、かすれた音声ファイルの解析が始まっていた。

深夜の東京・神田。
神谷ひとみは、編集部の仮眠室で目を覚ました。
イヤホンから漏れる微かな声──それは、AI刑事K1が解析した音声記録「F25」だった。

《……理事長は言いました、“この帳簿だけは誰にも見せるな”と。……でも、私は、もう限界なんです》
《誰かが止めないと、また誰かが犠牲になる──》

声の主は、三条信用組合の元システム担当・三田広志と特定された。
退職後、行方不明となっていた彼の所在は、最後にログインされたVPN接続先のIPアドレスから都内某所に絞られた。

「堀田さん、三田って……生きてますか?」

「おそらく。だが、“匿われて”る可能性がある」

堀田誠司刑事と神谷、そしてK1は、匿名のメールを手がかりに都内西部のネットカフェを訪れた。
そこにいたのは、やつれ果てた中年の男──三田広志だった。


「全部話します。ただ、名前は……できる限り伏せてください」

彼は、震える声で語り始めた。

2004年──
理事長・山岸雄大は、地元の建設会社・平新開発との間で“緊急復興資金”と称する協定を結んだ。
だが、資金の流れは奇妙だった。
帳簿には「震災特別貸出」と記されたが、実際の資金は、東京の広告代理店「G-Line Creative」へと送金されていた。

そこからさらに、都内の複数のダミー会社を経由し、最終的には香港とシンガポールの金融口座に着金していた。
「帳簿はすべて私が電子化しました。上からの命令でした」

──そして彼は、小声で囁いた。

「Kファイルって聞いたことありますか?」

「Kファイル……?」

三田の話では、「Kファイル」とは帳簿とは別に存在した“闇の記録ファイル”。
理事会の一部の人間だけが閲覧できる秘密データベースであり、裏取引、リベート、選挙支援金の支出先までも網羅されていた。

「証拠は?」と堀田が問う。

三田は言う。

「私のUSBに、最終ログだけ残っているはずです。だけど……それを渡すには、ある“条件”があります」


その条件とは、「自分と家族の身の安全」。
堀田とK1は、警視庁幹部の許可を取り、証人保護のプロトコルを発動。
三田の家族は一時的に保護施設へと移送された。

USBメモリが渡された。

中には──

地方議員への不明朗な資金提供リスト

会計事務所・浜路総合との電子契約ファイル

“復興”名目の国費資金の不正流用帳票

そして、AIでは改竄できない“手書きPDF”のスキャンデータ──

それらは、三条信用組合をはじめ、県内複数の信用組織、さらには大手商社の名まで含まれていた。


神谷は、自らのメディアサイトに記事を準備し始める。

だが、掲載直前、編集部に“掲載中止”の要請が届く。

差出人はなんと、内閣府地方創生推進室

「“時期尚早”だってさ」
編集長の苦笑いが重かった。

「公的資金が流れてたってこと……バレたくないんでしょうね」
神谷は、机を拳で叩いた。

「じゃあ……どうすれば正義が果たされるんですか」

堀田は立ち上がった。「俺たちが動くしかない。K1、検察と証券取引等監視委員会の連携準備に入ってくれ」

「了解──“プロジェクトKファイル”の証拠提出フェーズに移行します」


一方、三条信用組合の現理事長・黒川晴信は緊急記者会見を開いた。

「旧経営陣による一連の不適切な融資と、裏帳簿の存在について深くお詫び申し上げます。本日付で役員7名が辞任し、今後の経営刷新に取り組みます」

だが、その目は終始泳いでいた。

K1のログ解析が告げた真実──
黒川自身も、過去に少なくとも3件の“特別貸付”に関与していた。

「これは“終わり”ではない。まだ氷山の一角に過ぎません」

AI刑事K1は、次なるファイル名を読み上げる。

《project_zero.log》

それは、神谷が最初にHYKで見つけたあの“ゼロ・プロジェクト”と、奇妙なリンクを持っていた。


物語はさらに深い闇へ。
“ゼロ”から始まったこの連鎖は、金融、政治、そしてメディアの裏側にまで続いていた──

第3章:ゼロからの警告

山間の都市・美郷(びこう)市にある中小信用金庫「碧海信金(へきかいしんきん)」本店は、平日の昼下がりにもかかわらず、妙な静けさに包まれていた。
内部告発者のひとり、総務課の浅井綾子は、自分が開いた内部監査フォルダの中に、数十件の不可解な貸出履歴を見つけていた。

「これは……架空法人?」

名義は存在するが、実在の活動実績が一切ない会社への“融資”。金額は数百万円から億単位までバラつきがあり、記録はすべて手書きのメモで処理されていた。正式な帳簿には反映されていない。

そして、そのメモの末尾には、必ず「Z/S」という署名。

「これは……誰のイニシャル?」

浅井は、記録された“Z/S”というコードの意味を探るべく、旧システムから引き継がれたバックアップサーバにアクセスを試みる。

そこに現れたのは、一つの廃止済みプロジェクト名──「Project ZERO」


浅井からの連絡を受けたAI刑事・K1は、東京の警視庁デジタル捜査課の専用回線を通じてデータを受信。暗号化されたログファイルを高速解析する。

「“Project ZERO”……旧理事長・座間信吾が在任中に立ち上げた融資プロジェクトコードか」

K1のバーチャル画面に浮かぶ融資先一覧。その大半が「法人登記後わずか3ヶ月以内」に数千万円単位の資金を得て、半年以内に“解散”している。

堀田誠司刑事が呟く。

「要は、金を一回転させて帳簿から消してるわけだな」

さらに不審なのは、融資金の一部が「匿名型仮想通貨取引所」に流れている形跡があることだった。
K1は匿名送信された文書の中から、地方都市にある「資産管理会社サンパスト」に繋がる内部資料を特定する。

その代表取締役名──財間涼

元・碧海信金の審査部門責任者であり、現在は“地元再開発プロジェクト”の代表でもあった。


K1は仮想空間上で、Project ZEROの痕跡を追い、クラウドストレージ内に隠された旧役員会の録音記録を入手。

「財間さん……あんた本気か? 預金者名義を勝手に使ってまで……」

「俺は預金者を守ったんだよ。“組合”ってのは家族なんだ。家族にバレたら“終わり”だろ?」

音声の中には、地元政治家の名前や市職員との癒着を示すやりとりも含まれていた。再開発名目で進められた大型融資は、その多くが“回収不能”であり、帳簿から意図的に“消去”されていた。

記録のラストには、座間信吾の声。

「Project ZEROは、まだ始まったばかりだ。第2フェーズへ──“Phoenix”へ移行する」

神谷ひとみ記者はその情報をもとに、週刊誌にスクープを掲載。

「地方信金、預金者名義で資金ロンダリング “Project ZERO”の闇」

地元メディアは騒然となり、金融庁は碧海信金に対して業務改善命令を発令。財間涼は“失踪”、座間信吾の居所は不明となった。

K1の画面には、次なるコードが浮かぶ。

《解析開始:PhoenixProtocol-Phase2》

第4章:シレンの起点

2025年6月、金融庁が公表した一通の行政処分が全国紙の1面を飾った。
──「碧海信用金庫に対する業務改善命令」──

地方信金に端を発した不正融資事件は、今や単なるローカル不祥事では済まされない規模となっていた。
その根幹にある「Project ZERO」は、実

2025年6月1日、東北地方の海沿いに位置する小都市、望月市。
この地に拠点を置く地方金融機関「希望信用組合」が、突然、金融庁からの業務改善命令を受けた。その理由は、“長年にわたる帳簿の不正操作と、約230億円に及ぶ不適切融資”の発覚だった。

警視庁のAI刑事・K1は、同地域で起きた不可解な送金記録と照合し、異常な資金の流れに気づいていた。
彼は情報捜査班の堀田誠司刑事、金融庁派遣官・神谷ひとみと共に、真相究明に乗り出す。

福島県・黒岩信用組合本店の屋上。夜風に吹かれながら、刑事・堀田誠司は無言でタバコに火をつけた。

下の階では、金融庁検査官と黒岩信組の新経営陣が緊迫した協議を続けている。会議室には、かつて理事会を牛耳っていた旧体制の影──虚偽説明、資料改ざん、口座流用といった数々の証拠が突きつけられていた。


K1の解析は進んでいた。神谷ひとみが提供した膨大な会計ファイル、口座照合リスト、送金履歴を、AIは数秒でスキャン。

「無断借名口座の9割は、ペーパーカンパニー名義と一致。融資はすべて“返済済”の処理がされているが、実際の返済元は──」

K1の仮声が告げる。「黒岩信用組合自身だった」

自己資金を隠し回して“架空の返済”を成立させる――いわば金融版のトリプルブッキング


一方、堀田は地元の元職員・高倉直哉に接触していた。彼は、かつて理事長の側近として10年以上帳簿の操作を担当していた。

「……前会長は“貸し剥がし”だけは絶対するなと言っていた。信用を守るって大義名分で、すべてを塗り固めてた」

「そして、おまえも口座を作った?」

「はい。叔父の名義で。僕の家族のも勝手に使われてました……拒否した同僚は、異動か退職に追い込まれた」

堀田は深く息をつく。「……組織ぐるみ、か」


同じ頃、神谷は黒岩信組の旧本店跡地に向かっていた。そこに保管されたままの「帳簿資料室」に、未提出の紙資料が眠っているという情報が入ったのだ。

「ここ……電気も通ってない」

懐中電灯で棚を探ると、奥から“契約更新不要”と書かれた紙箱が出てきた。

中には、数十冊の帳簿コピーとともに、ある一通の手紙があった。

──『融資会議記録。2020年6月30日 議長:海老沢理事長』
──『会議出席:総務、監査、営業三課』
──『案件名:迂回処理・A103号(杉之内開発) 名義口座:森口重明(亡)』
──『備考:死亡後も継続使用、監査報告より除外済』

神谷は震える声でつぶやいた。

「……故人名義を使ってたの?」


K1は再び告げた。

「“取引先を救う”という名目で、自らを崩壊させる融資を重ねていた──これは、組織の“自爆プログラム”です」

「これが“全て”だ」

神谷ひとみが手にしていた、古びた帳簿のコピーと会議録。それは、旧経営陣が行っていた不正の“中枢”を示す物的証拠だった。そこには明確に、「返済見込みゼロの迂回融資」や「死亡者名義の継続使用」「帳簿外の運用ファンド」の存在が記されていた。

そして決定的だったのは、1枚のフローチャート。

そこには──

《R-FINプロジェクト 最終出金フロー(実行責任:監査室/理事会)|2021年5月10日》
というタイトルと共に、以下のような指示が並んでいた。

【A口座(代表理事名義)】 → 【M口座(ペーパーカンパニー)】 → 【Z口座(組合運用準備金)】

“償却報告前に送金完了”“帳簿上は寄付として処理”

堀田が低くつぶやいた。

「これは……公的資金の“簿外流用”じゃねえか」


K1の解析では、過去17年間で少なくとも128億円が本来の融資目的以外に使用され、そのうち国からの復興支援金(約200億円)から10億円近くが“無断借名返済”に充てられていたことが確定された。

「税金が、税金のふりをして燃やされた」

AI刑事K1のこの冷たい結論に、堀田は言葉を失った。


その後、神谷は第三者委員会の補助調査チームと協力し、いくつかの“奇妙な一致”にたどり着く。

旧理事長・海老沢の息子は、かつて信組の監査役を務めていたが、帳簿の「訂正履歴」に関与。

いくつかのペーパーカンパニーの登記簿上の取締役は、いずれも関東財務局OBが兼任していた

信組の預金者の中に、過去に証券会社から行政処分を受けた人物が“営業補助”として登録されていた

神谷はメモに書いた。

「これは“地元の腐敗”じゃない。構造そのものの問題」


6月某日、金融庁・財務局・全国信組連合会の三者合同での緊急記者会見が開かれた。

「いわば“自主独立の名の下に放置された箱”だった」

「業務改善命令を強化し、刑事告発の検討に入った」

現場ではAI刑事K1と堀田が、証券取引等監視委員会の協力のもと、残された最終的な資金移動記録を追っていた。そこには不気味な送金先が──海外の宗教法人名義の銀行口座

堀田がうめいた。

「……これは、もう“信用組合”じゃねえ」


数日後、K1の最終報告により、旧経営陣6名に対しては特別背任罪・虚偽公文書作成罪・業務上横領罪の容疑で刑事告発が行われた。さらに、地方自治体からの補助金不正使用が認定され、再調査が開始された。

神谷ひとみの手元に、ある匿名ファイルが届いた。

件名:Project UZ

本文には一言だけ。

「この構造は“全国”にある」


第5章:瓦礫の中の通帳

「瓦礫の中に埋もれていたのは、ただの通帳じゃない。信頼そのものだった。」

福島県・八洲市(やしまし)。震災で壊滅的な被害を受けたこの町で、かつて復興の象徴と呼ばれた地方金融機関「八洲信用協同組合」が、不正の連鎖に巻き込まれていた。AI刑事K1と堀田誠司刑事は、「Project UZ」と呼ばれるファイルの追跡から、この町に足を踏み入れる。


いわき信用組合事件の裏で、K1が突き止めた“融資ネットワーク”の中に、一つだけ異質な名前があった。

それが、八洲信用組合──。

外見は地味な木造の本店。震災後、仮設店舗から再建されたこの建物は、地域の復興融資を一手に担ってきたとされていた。だが、K1が見つけた旧通帳には、復興支援資金の流用と、別組織とのクロス取引が記録されていた。


旧通帳は瓦礫の中から発見されたものだった。地元の遺品整理業者が、崩れた木造家屋の中から見つけ出したもので、そこには以下のような記録が並んでいた。

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2012/03/15 入金 国庫補助金 10,000,000円  2012/03/16 出金 八洲建設㈱資材費 9,800,000円  2012/03/17 出金 堀田名義小口預金口座へ送金 8,000,000円  

堀田:「……俺の名前? そんな口座、知らねえぞ……!」

K1が分析したところ、この通帳に記載されていた預金は全て“架空名義”で、過去に他人の身分証を流用して作られたものだった。堀田の名義も、偽造された運転免許証に基づいて作られていた。


Project UZの中に記された一文:

「信組の通帳は、土地のようなものだ。誰が使うかで価値が決まる」

これは、組織的に地方信組の融資制度を悪用してきた“影のフィクサー”の存在を示唆していた。

神谷ひとみの調査により、「八洲信用組合」では、かつていわき信用組合から左遷された“財務担当理事”が経理を掌握していたことが判明。さらに、八洲建設という地元企業の裏に、過去に詐欺で逮捕歴のある人物──赤沼慎司の名前が浮かび上がる。


赤沼慎司は、かつて都内で投資詐欺グループを率いていたが、震災後は八洲市に移住し、復興支援団体の代表として活動していた。

だが、匿名通報により警察が調査に乗り出すと、八洲信用組合からの「無担保特別融資」によって、彼の団体に2年間で4億円以上の資金が流れていたことが判明。

逮捕後、赤沼は供述する。

「通帳なんて、紙の抜け殻なんだよ。名義を借りて、金を動かして、あとは燃やせばいい。信組が潰れたら、記録も消える。」


K1は、Project UZの本当の意味に気づく。

UZ=「Union Zero」。それは、複数の信用組合にまたがって行われた**“無名人ネットワーク”**と呼ばれる匿名資金流通の暗号名だった。

・不正に作られた架空名義通帳
・身元不明の小口預金口座
・ペーパーカンパニーへのブリッジ送金
・宗教法人と名乗る海外団体へのファネル送金

これらすべてが、「Union Zero」の中で繋がっていた。


K1は、神谷とともに古い記録の中から最後の通帳を見つける。それは、震災の数ヶ月後に開設された「復興支援基金 八洲分会」の口座だった。

だが──記帳されていたのは、1件の入金と、数百件に及ぶ出金だけ

そして最後の記録にはこう記されていた。

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2014/11/01 出金 「合同会社WAKABA」 送金額:98,000,000円  

摘要:復興実証費・再処理補助金

神谷:「……この会社、法人登記が翌日で抹消されてるわ」

通帳のコピーが捉えていたのは、**公金を使ったマネーロンダリングの“証拠そのもの”**だった。


6月末、金融庁と国税局の合同調査により、八洲信用組合には解散命令が下された。

赤沼慎司をはじめ、旧経営陣4名、登記上の代表者ら計15人が逮捕・告発された。被害総額は、**過去最大の「信用組合不正事件」**として記録されることとなる。

だが、K1はそのファイルの最後にこう記していた。

「Union Zeroは終わっていない。誰かが、また別の“通帳”を作る日まで。」


堀田は神谷に問いかける。

「なあ、俺たちは何と戦ってるんだ?」

神谷は黙って通帳のコピーを見つめたまま、こう答えた。

「……信じるという行為が、誰かに利用される社会と。」

第6章:破綻の連鎖


警視庁サイバー対策課。AI刑事K1は、東北地方の地方金融機関「みちのく未来信用組合」の監査資料を睨んでいた。

第三者委員会の報告書、監査法人の指摘、そして国会答弁資料——すべてを解析する中で、ある“共通の数値パターン”が浮かび上がってきた。

「融資番号の末尾が連番で、しかも一部が存在しない……これは、帳簿操作の痕跡だ」

その日、神谷ひとみ記者はある匿名通報者と都内の地下喫茶店で接触していた。

「あなたが見た“白紙の融資申請書”、それは何通ありましたか?」

「……10通以上です。全部“承認済”のハンコだけが押されてた」


福島県内、ある廃業した工場の跡地で、堀田刑事と連絡を取りながら神谷が撮影したのは、帳簿には存在しないはずの担保物件の写真だった。

「ここ……融資担保になってた?」

「いえ、登記簿上では未使用です。でも報告書では“15億円相当の担保物件”と記載されていました」

K1の演算モニターが示すのは「架空担保資産」の分布マップだった。実際には価値ゼロの土地を“15倍評価”で計上、さらに再評価で時価総額を引き上げ、融資限度額を水増ししていたのだ。

そんな中、元専務理事の証言が入る。

「うちは昔から“土地のバルブ”で評価を調整してたんだよ……」

「それは“粉飾”です」堀田が語気を強めた。

「いやいや、地方では“伝統”さ。実際の価値より高く見積もらないと、どこも貸せない」


調査が進むにつれ、融資資金の一部が“特定宗教団体”への寄付や、理事長の関連会社への送金に使われていたことが明らかになる。

神谷がテレビの緊急特番で報じた瞬間、全国に波紋が走る。

《元理事長、関連団体への“宗教マネー”流出》

K1がクラウド上で特定した資金の流れは、ルクセンブルク、バミューダ、そして仮想通貨への変換を経由していた。

その頃、金融庁と東北財務局の合同査察が始まる。

「これはもう、信用組合という枠を超えた国家的問題だ」——財務省幹部の言葉が報道陣をざわつかせた。

捜査終結後の夜。

神谷ひとみは静かにK1に尋ねた。

「K1、正義って、どこにあると思う?」

K1は一瞬、間を置いて答えた。

「それは、“真実”と“透明性”が交わる点です」

そして、みちのく未来信用組合のWebサイトには、翌日付けで以下の文言が掲載された。

「私たちは、金融機関としての倫理を失っていました。今後一切の不正を排除し、地域の信頼を回復することを誓います」

だが、市民の声は冷ややかだった。

「この組合にはもう通帳すら持ちたくない」

信頼は、一度失えば簡単には戻らない。

あとがき

この小説を書き終えた今もなお、現実の金融機関における「隠された構造的問題」は多く存在していると感じています。

どんなに制度が整えられようと、そこに関わる“人間”の欲や恐れが絡めば、簡単に崩れてしまうのが組織の怖さです。今回の「地方信組の不正」というテーマを通して、「私たちは誰のお金を預かっているのか」「その信頼はどう守るのか」を改めて問うてみたつもりです。

もし読後、胸の中に小さな違和感や問いが残ったなら、それが作者として何よりの喜びです。
読んでいただき、心より感謝申し上げます

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