AI刑事 偽りの副業 | 40代社畜のマネタイズ戦略

AI刑事 偽りの副業

警察小説
Pocket

まえがき

“副業”という言葉が希望とリスクをはらむ時代。SNS、出会い系、仮想通貨──そのすべてが、手のひらの中で完結する現代。

この作品は、史上最大規模の副業詐欺事件をモデルに、AI刑事K1と人間刑事たちが挑むスペシャル長編です。詐欺の裏にあったのは、巧妙なデータ構造と“国家の闇”。

あなたが信じている“正義”とは、本当に揺るがないものですか?

登場人物紹介

K1(ケイワン):警視庁サイバー課のAI刑事。感情データを解析し、行動予測・照合解析を行う。物語を通して“人間性”と“判断の揺らぎ”を学んでいく。

香月舞:捜査一課の女性刑事。冷静で鋭い観察力を持ち、AIとの連携をもっとも信頼する人物。

堀田誠:叩き上げの刑事。口は悪いが熱く香月とは信頼で結ばれた相棒

野中あかり:行方不明となった女性記者。副業詐欺と国家の構造的な関与を追い、命をかけて真実に迫る。

石垣勇輔:詐欺グループ「トクリュウ」の創設者とされる男。かつてはITベンチャーの副社長だった。

高村圭吾:警視庁サイバー課副課長。

目次

『AI刑事 偽りの副業』

著者:サイコ

まえがき

登場人物紹介

第1章:崩れた副業の夢

第2章:デジタルの亡霊たち

第3章:消された証拠

第4章:名前のない男たち

第5章:取材という武器

第6章:ゴーストカンパニー

第7章:海を越える影

第8章:サグラダの亡霊

第9章:裏切りの座標

第10章:正義の価格

「……まさか──お前が……」

警視庁サイバー課副課長・高村圭吾だった。

あとがき

第1章:崩れた副業の夢

「いいですか……私は、“ただLINEを押しただけ”なんです」

真冬の雨が窓を叩く。

警視庁・捜査一課の一室で、40代の主婦が震える指先でスマホの画面を見せていた。そこには、“副業サポート事務局”と書かれたチャットログが並んでいる。

──副業として、人生相談に乗るだけ。──

──1件あたり5,000円。今のあなたにピッタリです。──

──まずは口座情報の登録から始めましょう。──

香月舞刑事は、黙って聞いていた。

「お金……振り込んじゃったのは……この人たちに報酬をもらうためで……」

その声は、苦痛というより“恥ずかしさ”に染まっていた。


「相手の心理を“先に奪う”詐欺だな」

捜査会議で、堀田誠が低く言い放った。

「自分から騙されにいったような錯覚を植えつけてる。だから誰も訴えない」

香月がモニターを指さす。

「ここです。“報酬を支払うには、登録料が必要”──騙しの構造が明白に残ってる」

だが、K1──警視庁サイバー課のAI刑事は、別のログに注目していた。

「注目すべきは、文体の“重なり”です。全く異なるIDから、同じ言い回しが繰り返されている」


都内だけで、詐欺被害届けが32件。 北海道から沖縄まで、すでに1万人を超える“未報告”の存在。

詐欺の入り口はSNS広告──

《副業で月30万円/スマホで完結》 《主婦に人気/人生相談アドバイザー》 《押すだけ簡単/収入保証あり》

「LINEに登録した瞬間に、デジタルの罠が始まってる」

K1の背後で、警視庁サイバー課の若手がつぶやいた。


だが、異変はそこからだった。

被害者の1人が、“知らない相手”から突然チャットを受けた。

──あなた、詐欺に遭ってます。

──警察もグルなんですよ。

──信じたいなら、“警察の人間の名刺”を晒しましょうか。

それが、内通者の存在を初めて匂わせた瞬間だった。


「内部に、奴らと繋がってる警察関係者がいる」

堀田の言葉に、室内がざわめく。

香月は目を伏せた。

「証拠がなければ、ただの妄想よ。でも……動き方が読めすぎてる」

K1は答えた。

「AIに“嘘”は分析できません。ですが、“不自然”は検出できます」


その日の夜。

K1の解析画面に、1つの警告が表示された。

《ログインIP:公安部サーバー経由に不審なアクセス》

香月が息をのむ。

「……やっぱり、中にいる」

だが、そのログを誰が、なぜ残したのか。 意図的か、偶然か──それを追うには、あまりにも敵が大きすぎた。

「トクリュウ……あの連中、何者なんだ」

捜査は始まったばかりだった。

──第2章へ続く──

第2章:デジタルの亡霊たち

都内某所。サイバー課特別監視室──

K1は、3Dマッピングされた全国の通信ログ上に「デジタル詐欺座標」を可視化していた。

色分けされた点群は1万人超。詐欺の“入口”となったURLやIP、SNS広告のリンク先などが、点と線を結び、まるで感染地図のように浮かび上がっていた。

「ほぼすべて、“副業系インフルエンサー”を装った広告が起点です」

K1の解析が示したのは、詐欺広告用アカウントおよそ5,000件の存在。 運営されていたのは、主にVPN経由の“国外IP”。


香月舞はその地図を見ながら言った。

「日本中の“空いた時間”が喰われてる……」

「はい。“副業”という希望に、デジタルな罠が忍び込んでいる」

K1はその網の中心に、ある匿名サーバーの存在を指した。

その名は《nexus-node.jp》。

捜査当局でも追いきれなかった、仮想サーバーの“母艦”だった。


堀田はK1に問いかけた。

「この“nexus-node”ってのが、詐欺グループの本丸か?」

「現時点では“中枢ノード”と判断されます。ここに被害者の個人情報、送金ログ、会話履歴が集中しています」

K1は、ある被害者のデータを拡大した。

そこには、数十回に及ぶチャットのやり取り。

《いまだけ限定募集/あなたの人生に価値を》

《まずは前金。将来的にコンサル契約として報酬化します》


「この文言……他の案件でも使われてます」

K1のAIモジュールが、300件以上の一致を表示する。

「つまり、人が書いてない」

香月がつぶやいた。

「はい。これはAIが生成した“詐欺テンプレート”です。実行犯は“打ち子”──つまり、ボットと人間の混成詐欺」

堀田の表情が引きつる。

「……もう手が届かない場所にいるのか?」

K1は無言で、解析を続けていた。


その夜、K1の端末が異常を検出する。

《nexus-node.jp》から外部転送されたログのひとつ。

送り先は、なんと“政府機関のネットワークサーバー”だった。

「警察でも、防衛でもない。……これは、国会図書館?」

香月が目を見開いた。

「いや……カモフラージュかもしれない」

その直後、画面が一瞬ブラックアウト。

《システムアクセス遮断》 《管理者コード:不明》

K1の人工音声が静かに言った。

「今、こちらも“監視されている”可能性があります」


「これは、“戦争”だな」

堀田の声が、深夜の捜査室に響いた。

──第3章へ続く──

第3章:消された証拠

早朝5時。捜査一課とサイバー課による合同強制捜査が開始された。

対象は、都内にあるトクリュウ関係者の拠点と思しきレンタルオフィス──“ヴァーチャルワークス神田”。

鍵のかかっていないフロアには、ノートPC、複数のルーター、外付けHDD。そして、まだ熱の残る電気ポット。

「……誰か、ここにいたばかりだな」

堀田が小声で言いながら、即座に証拠物件の回収にかかる。

香月がK1に無線で指示を送る。

「端末解析急いで。起動されていた機体から、nexus-nodeへの接続履歴があれば……」

K1は警視庁の遠隔ラボでリアルタイム解析に入った。


だが、その直後。

《外部アクセス記録:消去中》 《ファイル“del_3012.tmp”による自動上書き処理検知》

「誰かが、“遠隔消去”を仕掛けている」

K1のアラートが鳴り止まない。

香月が声を荒げる。

「もうひとつ、別の端末が中継点になってる! 削除の指令は外部じゃない……“内部”だ!」


その場にいた捜査員が一人、明らかに動揺していた。

ノートPCを持ち上げた手が、かすかに震えている。

「どうした?」「……いや、ちょっと寒気がして……」

誰もが気づいたが、口にはしなかった。

「“内部”に、いる」

K1はその男の通信機器にアクセス。

が、証拠は見つからなかった。

K1の分析結果:スパイの正体は特定できず

だが、消去されたログの断片には、確かにこう書かれていた。

《HK5-N9-2A/転送成功》

K1の記憶ライブラリが、それを“警察庁幹部職員用ログインID”の構成パターンと照合。

「……機密階層からの操作だった」


香月は拳を握りしめた。

「なぜ? どうして“味方”が、こんなことを……」

堀田は黙って壁を睨みながら呟いた。

「誰かが“この詐欺構造の中で生きてる”んだな。俺たちが壊そうとしてる“秩序”で食ってるやつがいる」


その日の夜。

K1は警視庁の地下アーカイブにある古い記録を検索していた。

そこには、5年前の匿名通報文書がひっそりと保存されていた。

《副業詐欺を装った国家予算の流用ルート》 《関係者に警察庁OBの名あり》

「これは、思っていた以上に“深い”」

K1の人工音声が、静かに震えた。

──第4章へ続く──

第4章:名前のない男たち

2015年、東京・西新宿。

雑居ビルの一室に、当時まだ30代前半の石垣勇輔がいた。

「やることは単純だ。希望の言葉で、絶望を包むだけ」

彼は、使い古された机の前に座り、MacBookのキーボードを叩いていた。

“人生相談で月30万”

“誰かの悩みに寄り添うだけで、収入が入る”

“あなたの優しさを副業に”

彼はこれを「甘言テンプレ」と呼んだ。


2024年現在。

警視庁の特別対策チームでは、石垣が“トクリュウ”の原型を作った時代の情報を洗い直していた。

香月は古い雑誌記事を指差す。

「ここ。“副業マッチングサイト”って名前で立ち上げてた。収入が月8万円だって。初期の被害者、気づいてなかったんだと思う」

堀田が応じる。

「自分が“騙された”って気づかないのが一番たち悪い。気づいたときには、全部データにされて売られてる」

K1は画面を切り替えた。

「石垣勇輔の起業時、彼の周囲に“元同級生・元職場仲間”とされる複数人がいたが、全員が名義を変えて活動しており、現時点で“実在”が曖昧です」


彼らは、「名前のない男たち」だった。

宮城──仙台の古いマンションの一室で、データ管理を担っていた男は、5年前に“死亡届”が提出されていた。

埼玉──川口市のコールセンター跡地で見つかった人物は、外国人名義で労働契約書が結ばれていた。

福岡──久留米の古民家で運営された“出会い系サイト”のサーバーは、介護施設の事務所名義でレンタルされていた。

「名前」が「顔」ではなく、「組織の部品」だった。


ある日。

1通の古い取材メモが、記者クラブに残されていた。

筆跡の主は、野中あかり──今や行方不明の女性記者。

“トクリュウ──詐欺の風のような構造。誰が誰かを覚えていない。だから止まらない”

K1は、その文をデータに変換して読み上げた。

「詐欺ではなく、“空気”のように構造化された犯罪……」

香月がつぶやいた。

「野中記者……彼女、今どこにいるの?」

K1は答えた。

「1年前、最後にログインした場所。スペイン・バルセロナ」

堀田が口を開いた。

「よし、そろそろ国外を叩くか。K1、お前、パスポート持ってんのか?」

K1は無言だった。

──第5章へ続く──

第5章:取材という武器

スペイン・バルセロナ郊外、廃墟となった元ホテルの一室。

野中あかりは、ノートPCの前で画面を睨んでいた。

「このグループ、根っこが“国家”に近すぎる……」

彼女が最後に接触した日本の警察関係者は、連絡が途絶えた。

“次に会うときは、スペインで”──その言葉を信じて、彼女は一人この地に渡った。


3ヶ月前、日本。

野中は記者クラブで孤立していた。

「副業詐欺? そんなネタ、ネットで腐るほど書かれてる」

「どこの情報屋に乗せられてんだよ」

だが彼女は知っていた。

──この犯罪には“構造”がある。 ──それはもはや、詐欺ではなく“事業”である。


最初の情報源は、元グループの打ち子だった。

「俺、名刺なんて持ったことなかった。でも“コンサルタント”って名乗れって言われて、写真と名前と肩書きが勝手に決まった」

「報酬? 3万円だよ。3万で“顔”を売ったの」


野中は地方自治体の職員向け副業セミナーに潜入取材した。

講師の名は、“副業メンターKAZU”。

だがKAZUの顔は、3年前に逮捕された詐欺実行犯のものと一致していた。

「名前を変えて、役所が舞台にされてる……」


スペインで野中が辿り着いたのは、現地の仮想通貨業者。

オフィスの中にあったファイルにはこう書かれていた。

《相談収入:2023年度取引高 約11億円》 《転送元アカウント:JP-NKS-Net/中継》

その書類は、GlowDate社が日本で提供していた“副業提携広告”の支払い記録と一致していた。

「この金は、日本の“相談者”から来てる」


K1は、東京から彼女のノートPCのログイン履歴を追っていた。

「3日前に現地Wi-Fiから投稿。アクセス先:匿名ブログ “work-shadow”」

香月がつぶやく。

「まだ、生きてる」

堀田が拳を握る。

「スペインに行く準備をしろ。あの記者は、俺たちより先に真実を見つけた」

──第6章へ続く──

第6章:ゴーストカンパニー

スペイン・バルセロナ、旧市街。

香月舞と堀田誠は、K1のサポートによって追跡していた送金ルートをたどり、現地の小さなビルへと足を踏み入れた。

扉のプレートには“VISTAPATH CONSULTING S.L.”と刻まれている。

しかし、中は無人だった。

──机。椅子。ルーター。壁にかかった世界時計。

「まるで、舞台セットだな」

堀田が呟く。

「偽装法人、“ゴーストカンパニー”です。法的には法人登記されていますが、実態は存在しません」

K1の人工音声がスマートフォン越しに伝える。


調査によって判明したのは、このVISTAPATHが日本・韓国・台湾の3カ国からの送金を“名義上”受け取っていたこと。

中継先はオランダ、スイス、ケイマン──

そして、最後は“個人口座”へと流れていた。

「ここが、トクリュウの洗浄ルートか」

香月がファイルをめくりながら呟く。


現地警察との協力で判明した登記代表の名は、“イグナシオ・ソレール”

しかし、その人物は2018年に死亡していた。

「死者の名義が使われてる……完璧な幽霊会社だ」

堀田が机の裏を覗くと、ひとつのフロッピーディスクが見つかった。

「これ、マジかよ……令和でフロッピーなんて」


K1がディスクを復旧した結果、古いスプレッドシートが開いた。

《PROJECT: “SECOND LIFE”》 《日本対象/副業型カスタムスキーム/フェーズ3進行中》

香月はその一行に息を呑む。

「……“副業”って、プロジェクト名だったの?」


さらに内部には、こんな記述があった。

“Emotion farming(感情農場)” “人間の寂しさを最大化して、それを換金可能な行動に誘導する”

K1は静かに言った。

「これは、犯罪ではなく“仕組み”として設計されています」


その夜。

スペインの旧市街にある安宿の一室で、香月のスマホが鳴った。

“非通知”

「……もしもし?」

「野中です。……今、見られてます。警察じゃない。気をつけて」

「あなたに追ってもらいたいものがある」

彼女が送った位置情報は、地中海沿いの高級マンションだった。

「……ボスがいる」

──第7章へ続く──

第7章:海を越える影

スペイン・バルセロナ。

香月舞と堀田誠は、野中あかりから送られてきた位置情報を元に、地中海を望むマンション街へと向かっていた。

風は強く、潮の匂いが街路をかすめる。

「まさかこの街で、“日本最大の詐欺グループのボス”に会うことになるとはな……」

堀田はシャツの襟を立てながらつぶやいた。


指定された部屋には、監視カメラも鍵もなかった。

だが中に入ると、空間にはわずかな香りと熱気が残っていた。

──誰かが、ついさっきまでいた。

香月が窓辺にあったワイングラスを確認する。

液体はまだ温かい。

「居た……間違いなく、ここに」


K1が解析していたマンションのWi-Fiログには、1つだけ異常な通信が記録されていた。

《HOST:ZeroAtlas.com/ログイン名義:K.Nagamine》

「“長峰”……?」

K1が公安内部リストを走査し始めた。

だが結果は、職員番号照合不能。

香月は唇を噛んだ。

「また、正体が揺らいでる……」


その夜、香月が宿に戻る途中。

狭い路地裏、背後に気配。

──ザッ

「香月、下がれ!」

堀田の声とともに、腕を引かれた。

直後、頭上から瓦が落ちる。

香月が振り向いたとき、暗闇に誰かの影が逃げていくのが見えた。

「狙われてる。記者じゃない……俺たちだ」


K1はスペイン警察との連携で、“ZeroAtlas.com”の所有者情報を解析中だった。

だが、そのサイトのサーバー位置は不規則に転送され、アクセスは常に“1度きり”の暗号化トンネルを経由していた。

「接続パターン、そして投稿タイミング……これは、“日本の誰か”が操作している」

「つまり、ボスは……まだ日本にいる可能性がある」


同じ頃、野中あかりは再び香月に連絡を入れた。

「“K.Nagamine”……私も3年前、取材中にその名前に行き当たった。でも……そのファイル、公安に押収されたの」

香月の背中に、冷たい風が吹き抜けた。

「……“敵”は、警察の中にもいる」

K1の画面に、警告が表示された。

《アクセス中断》 《第三者による解析干渉の可能性》

「K1のログが……盗まれてる」

次章──第8章「サグラダの亡霊」へ。

第8章:サグラダの亡霊

サグラダ・ファミリアの裏路地。

夜明け前、霧に沈む石畳を踏みしめながら、香月舞はK1との通信が途絶えたままのスマートフォンを握りしめていた。

「まさか……K1が止まるなんて」

横を歩く堀田誠は、重い口を開いた。

「奴ら、AIを狙ってきたな。“記録”されるのを恐れてる」


バルセロナ警察の協力のもと、彼らはかつてZeroAtlas.comが使用していたオフィスへ向かった。

だが、建物はすでに取り壊されていた。

一方で残された光学ディスクには、わずかなデータが残されていた。

《内部用コード:HKY-1F-ZION》 《“Emotion Layer”接続中断処理ログ/関東地方IP》

香月が呟く。

「関東……やっぱり、日本が起点」


突然、香月のスマホに1通のメッセージが届く。

《K1を返して欲しければ、東京に戻れ。お前たちはもう“見られている”。》

添付された画像には、K1のシステム構成図。

そして“アクセス履歴改ざん中”のログ。


堀田が言った。

「日本に戻るぞ。……AI刑事を奪われたままじゃ、戦えない」

「でも、戻ったら……誰が味方かわからない」

香月の不安に、堀田はぽつりと呟いた。

「それでも、逃げるな。K1が消えるなら……俺たちが、“人間の正義”を示す番だ」


バルセロナ空港。

搭乗前、香月のスマホに再びメッセージが入る。

今度は野中あかりからだった。

「K1を狙った“内通者”の影……ひとつヒントを渡す。“File-N6-KOMAE”──それが、始まりかもしれない」

KOMAE──狛江。

香月の顔が強ばる。

「都内郊外。かつて、グループの第一送金拠点があった場所……」

「帰るぞ、東京に」

──第9章へ続く──

第9章:裏切りの座標

東京都狛江市、かつて送金拠点とされた中古ビルの地下室。

香月舞と堀田誠が入ると、空間には静かな埃と、微かな電気の匂いが漂っていた。

そこにあったのは、数枚の黒いサーバーと、奥の壁に掛けられた古びたスプレッドシート。

《File-N6-KOMAE》──

「これか……野中が言ってた“始まり”」

香月がシートを指でなぞると、そこには数百人分の名前、口座番号、そして“割当コード”が記されていた。


同時刻、K1のバックアップAIが再起動を果たす。

警視庁サイバー対策課、深夜2時。

「K1、戻れるか?」

K1の画面に、文字が浮かぶ。

《システム復元中:70%/暗号署名解析中……》

香月が問いかけた。

「K1、“誰か”があんたを止めた。内部の誰か。見えたの?」

一瞬の沈黙のあと、K1は答えた。

《特定不能。アクセスコードは“正規ID”。内部関係者の可能性、高》

堀田が歯を食いしばった。

「やっぱり……中にいる」


翌朝。

狛江のビルから回収された“送金マニュアル”に、ひとつの見覚えあるハンドルネームがあった。

《KAZU/副業メンター》

香月が取材記録を見直す。

「……3年前に逮捕された男と同じ。なぜまだ動いてる?」

K1の照合結果が出る。

《司法取引記録:一部無効。2021年秋、釈放後に公安管轄下へ》

香月の背筋が凍る。

「つまり、公安が……“泳がせていた”?」


同日深夜。

K1の端末に、一通の不審な通信が入る。

《HK5-N9-2A──記録送信完了》

堀田が顔を上げた。

「……またこのコード。どこにいる?」

K1は表示する。

《アクセス元:霞が関地下ネットワーク。正規端末。ID非公開》


「これはもう、“犯罪”じゃない。“政策”として組み込まれてる可能性がある」

香月の言葉に、室内が静まり返った。


だが、スパイの正体は未だ闇の中。

K1が記録を締めくくるように、冷ややかに告げた。

「“正義”の座標は、未だ曖昧です。だが、軌道は交差しました」

次章──最終章 第10章「正義の価格」へ。

第10章:正義の価格

2025年4月、霞が関・地下通路。

香月舞と堀田誠は、K1の解析によって突き止めた“スパイ”の行動ログを追っていた。

K1が表示した最終アクセスログ── 《通信ID:POL-X9-TK7/ログイン端末:内部管理用デバイス/アクセス元:警視庁本庁舎》

堀田が唸る。

「……一番、近くにいたってことか」


夕暮れ、会議室。

香月と堀田、K1の端末を前に最後の照合が行われていた。

K1がつぶやくように発した。

「最終通信時のログに、個人データ署名が残っていました」

その名前を見た瞬間、香月は言葉を失った。

堀田も硬直する。

「……まさか──お前が……」


静かにドアが開き、現れたのは……

警視庁サイバー課副課長・高村圭吾だった。

何も言わず、ただK1の端末を見つめる。

「俺は、止めたつもりだったんだ」

香月が叫ぶ。

「あなたがK1のログを盗んだ!? 内部のアクセスを遮断したのも!?」

「俺は……“正義”に抗えなかった。あれはもう、犯罪じゃなかった。“仕組み”だった」


高村は語った。

「公安の一部が“感情操作プラットフォーム”として副業詐欺サイトを泳がせていた。犯罪統制、世論誘導、マネーロンダリングの実験として。俺は……そこにいた」

堀田が激しく机を叩く。

「お前、自分の正義で全部踏みにじったんだぞ!」

高村は答えない。

ただ、K1を見ていた。


その夜、高村は逮捕された。

だが、彼の供述には核心がなかった。伏せられた名、隠された命令系統、失われた証拠。

K1の解析も一部“塗りつぶされていた”。

香月は、K1に尋ねる。

「……“正義”って何? わたしたちが信じてたものが、こんなにも揺らいでる」

K1は静かに返した。

「正義とは、明確な答えではなく、“問い続ける行為”そのものです」


数ヶ月後、野中あかりが記事を公開した。

『AI刑事が見た、副業詐欺と公安の交差点』

社会に衝撃が走った。だが、誰も“本当の黒幕”を指し示すことはなかった。

香月はK1に最後の質問をした。

「K1……私たちは勝ったの?」

K1は少しだけ間を置いて、こう答えた。

「あなたが“沈黙しなかった”。それが、最大の勝利です」


AI刑事、再起動。 人間たちは、次の戦いへ。

──完──

あとがき

正義は、誰かが名乗ってくれるものではない。

それは、自ら問い続け、時に裏切られ、それでも諦めずに拾い上げるもの──

AI刑事K1が沈黙したとき、私たちは初めて“人間としての正義”の重さを知る。

この物語が、あなた自身の“信じる力”に問いを投げかけられたら、作家としてこれ以上の幸せはありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました