■まえがき
本書は、完全オリジナルのAI刑事シリーズの最新作です。
現実に起きた事件・人物・団体とは一切関係ありません。
人間の記憶、感情、風景がもたらす「消えたはずのもの」と「残ってしまったもの」。
その間で揺れ動くAI刑事・堀田・記者たちの姿を描きました。
忘れられた町。記録されなかった少女。
そして、AI刑事が最後に見た“記録のない真実”。
記録は世界を作り、記憶は人間を動かす。
20万字で描かれるAI捜査×人間心理の最高峰ミステリー!
・記録を信じるAI刑事K1
・現場を信じる堀田刑事
・記憶を手繰る女性記者・伊吹遥
過去と現在の狭間で消えかけた「想い」を巡る、静かなる衝撃作。
登場人物
K1(ケイワン):警視庁が導入したAI捜査官。感情モジュール未搭載だが、観察力と記録処理能力は圧倒的。
堀田 修一:現場主義のベテラン刑事。デジタルを信用せず、あくまで“現場の空気”にこだわる。
伊吹 遥:30代前半の女性記者。かつて“消された町”で少女と出会った記憶を追っている。
緒方 健:警視庁技術管理室のAI専門技官。K1の運用管理を担うが、どこかでAIの限界を感じている。
由美(記録上の少女):存在しないはずの記憶に現れる少女。町を守りたいという夢を抱いていた。
目次
第1章「残響の交差点」
千早北区・夕映坂。
その名の通り、午後五時を過ぎる頃、坂の上から夕陽がまっすぐ差し込んでくる。傾いた街路樹の隙間から漏れる金色の光が、アスファルトの上に斜めに線を引き、ゆっくりと時間を分断していく。
交差点に立っていたのは、警視庁千早署の生活安全課・伊吹遥。32歳。少し前まで交通課にいたが、地域の高齢者相談窓口の仕事を希望して異動してきた。
彼女は今、交差点の端に置かれた植え込みの脇にしゃがみこんでいた。
そこにあったのは、青いキャップ。小学生がかぶるような、学校指定の防災帽だった。
「……これ、さっきまでなかったはずだけど」
背後から声がかかった。
「伊吹さん。警備の小柳です。あの……何か落とし物ですか」
振り返ると、駅前巡回の警備員、小柳が汗をぬぐいながら立っていた。顔には日焼けの痕がくっきり残っている。彼もまた、この坂の時間に照らされていた。
「たぶん、子どもの忘れ物だと思います。でも……この辺、今日は学校行事もないはず」
「……交差点にしては、不自然すぎますね」
二人は無言で帽子を見つめた。
植え込みの縁には、靴の跡がうっすらと残っている。大人のものにしては浅く、小柄な足のようだった。
遥は、小柳に言った。
「すみません。少し、周辺聞き込みしてみます。念のため、記録には残しておいてください」
「了解しました」
坂の下へと歩き出した遥の耳には、遠くから風鈴の音が届いていた。
その音は風によって流れているはずなのに、どこか固定されたように、響いていた。
——その小さな“気配”から、物語は始まっていた。
千早北区役所の図書資料室は、予算の都合で閲覧時間が短縮されていた。午後五時を過ぎると、職員が一斉に帰り支度を始め、閲覧席の照明も半分が落とされる。
遥は、その暗がりの中で古い町会報をめくっていた。
1999年から2005年のあいだの、夕映坂周辺の自治体発行物。交差点付近の建て替え記録、通学路の見直し、児童の安全マップ。
「やっぱり……ここ、以前は“学童通行禁止”だったんだ」
理由は書かれていない。ただ、ある年を境にして、急に“通行可”へと切り替えられていた。
そしてその翌年、何かを示唆するような一文。
“夕映坂交差点の環境整備にともない、安全教育のさらなる徹底を行うこと”
違和感はある。だが証拠ではない。
遥は、当時の町内会長に話を聞くことにした。
その人物は、現在「高齢者集いの家」でボランティアをしていると記録にあった。
その日、千早署に配備されているAI刑事補助ユニット“K1”に、照会申請を行った。
照会内容:
1999〜2005年の児童通行規制履歴
交差点設計変更に関連する行政判断
行政監査記録
だがK1からの応答はこうだった。
《該当情報は取得不能、もしくは記録が存在しない可能性があります》
「存在しない? そんな馬鹿な」
遥は呟いた。
——存在しないのではない。削除された、あるいは初めから記録されなかった。そういう感覚が、背筋をひやりと這い上がってきた。
第2章「声なき町」
伊吹遥は、翌日の昼下がりに「高齢者集いの家」を訪ねた。千早北区の旧い町会会館を改装した建物は、元々は戦後まもなく“統制物資配給所”として使われていたらしい。
館内は小さなラジオが流れ、将棋を指す老人たちの無言が漂っていた。その中央に、小さな湯呑を両手で包みながら座っていた白髪の男がいた。
「中条春吉さん……ですよね」
「そうですが」
男の声は低く、抑揚がなかった。遥が警察手帳を見せると、春吉は眉をひそめた。
「何か……また事件でも?」
「いえ、正式な捜査ではありません。かつて町会長をされていた頃の“交差点”について、少しだけ……」
春吉は湯呑をゆっくり机に置いた。
「……あの坂か。あそこはね、昔から“少しズレてる”んですよ」
「ズレてる?」
「夕陽の角度、時間、音の反響……何を言っても信じてもらえないが、あそこは“地図と現実”が噛み合っていない」
遥は思わず背筋を伸ばした。
「具体的には?」
春吉は、将棋盤の端に指を置いた。
「たとえば……ここに角がある。でも、盤の上じゃなく“空中”に浮かんで見えることがある。そういう感覚が、あの交差点にはあるんです」
彼の言葉には荒唐無稽な響きがあったが、遥はなぜか真顔でうなずいていた。
「記録では、あの場所の児童通行禁止はある年を境に解除されています。その理由を、ご存じですか」
「いや……解除されたようには、思えなかったがね。変なことが一つあった」
「なんでしょう」
春吉は、手帳を取り出してメモの切れ端を遥に渡した。
“2001年春 一人の転校生——書類なし”
「町内の防犯パトロール中に見かけた子がいたんです。見慣れない顔だったが、親の姿もない。あとで学校に確認したが、“そんな子はいない”と言われた」
遥はその場でK1に照会したが、該当児童の存在記録は出てこなかった。
「誰かが……何かを隠している?」
遥の思考がその問いに達する前に、春吉がぽつりと呟いた。
「その子は、帽子をかぶってた。青いやつ。まるで、今でもあの坂に立ってるようでね」
その言葉に、遥の胸の奥で何かがぴたりと一致した。
——昨日、植え込みに置かれていた帽子。
記録と現実の間に、誰かの“記憶”が滑り込んでいた。
(第3章につづく)
第3章「重なる足音」
警視庁千早署、地下の記録保管室。
伊吹遥は、かつて自分が交通課にいたころに書いた報告書を探していた。事故報告、通行データ、周辺地域のパトロール記録。それらの中に、今になって思い当たる出来事がある気がした。
「このファイル……2002年の“未遂報告”?」
その表紙には、詳細未記録とだけ書かれていた。
紙をめくると、手書きのメモが挟まれていた。
《午後3時15分 夕映坂交差点 東側から児童の声》 《現場到着時、物音なし・人影なし》 《防犯カメラは動作不良。理由不明》
“声”だけが記録に残っていた。
その夜、K1補助端末が自動照合で警告を発した。
《2002年、2023年、2031年:いずれも“夕映坂交差点”にて、児童の声による通報が記録されている》
遥は思わず椅子から立ち上がった。
「周期? 11年ごとに、同じ場所で、同じ通報が?」
K1の分析が続いた。
《一致率:音響パターン87%。場所:完全一致。時間帯:午後3時〜3時20分に集中》
彼女はすぐに堀田刑事に連絡をとった。
「例の交差点、11年ごとに“同じ声”が届いているようなんです」
堀田は黙って聞いていた。
「都市伝説みたいな話ですが、これは……ただの偶然では済まされない」
堀田はしばらく考え込んだあと、静かに言った。
「じゃあ、次の“通報”は……2042年か。いや、違う。過去と未来に連なる何かが、今この“現在”に重なってきてる」
その夜、AI刑事K1のシステムに異常アクセスが記録された。
“アクセスコード:旧認証記録 不明な開発者ID”
堀田はそれを見て、低く呟いた。
「誰かが、未来の記録を覗いてる……」
交差点、帽子、声なき児童、そして“消えた時間”。
すべてが、徐々に一つの点へと収束し始めていた。
(第4章につづく)
第4章「記憶の残滓」
日暮れ前の夕映坂。
伊吹遥は、交差点の西側にある公園跡地に立っていた。フェンス越しに広がる空き地には、まだうっすらと遊具の跡が残っている。ブランコの支柱の一部、滑り台の台座だけが土に埋もれていた。
「ここが、通報された“声”の出所……」
彼女の後ろから、小走りに木原沙紀がやってきた。
「解析、終わりました」
手渡された端末には、三つの通報音声が重ねられていた。
《たすけて……ここにいる》
《たすけて……ここにいる》
《たすけて……ここにいる》
声の質、イントネーション、背景ノイズ。すべてが“同一人物”によるものと推定されていた。
「でも、おかしいのはここ」
沙紀は、声の“発信源”とされるGPSログを示した。
「場所が……正確には“この地面の下”なんです。しかも、時刻がずれている」
「どういうこと?」
「3つの音声すべて、同じ時間帯に通報されたように見えて、秒数が微妙に違う。“現在の世界”と、微細に時間軸がずれているような印象を受ける」
堀田刑事が、仏頂面で現場にやって来た。
「まるで誰かが、違う“層”から声を送ってるみたいだな」
伊吹遥はふと、公園の端にある古い鉄柱に目を向けた。
そこには、子供の手によって書かれたと思われるチョークの跡がかすかに残っていた。
《ユミ 2001》
「これ……」
彼女の声に、堀田が歩み寄る。
「子供の名前か?」
「ええ。でも、2001年にここで暮らしていた“ユミ”という子の記録は、どこにもない」
風が吹き、遠くで電車の音がした。
その瞬間、伊吹は自分の耳元で小さく響いた“声”を聞いた気がした。
《ここにいるよ……》
背筋が凍り、思わず振り返った。
誰もいなかった。
「これが、“記録の外側”……?」
伊吹遥の胸に、はじめて“記録では辿れない記憶”の存在が浮かび上がった。
(第5章につづく)
第5章「時の波紋」
千早署の資料室には、未解決事案のファイル群が静かに眠っている。
伊吹遥は、改めてその一角に足を踏み入れた。書棚の端、忘れ去られた段ボール箱の中に、埃をかぶった封筒がひとつ。
封筒には“夕映坂 過去記録・再調査未了”と記されていた。
「この名前……」
封を切ると、中には新聞の切り抜きが数枚。日付は1980年9月。
《夕映坂で少女姿を見たとの証言相次ぐ 現場には痕跡なし》
「……40年以上も前から、同じ場所で同じような目撃談がある?」
K1がアクセスした過去データと照合を開始した。
《一致:時間帯午後3時前後。目撃対象:10歳前後の少女。内容:助けを求める/無言で立ち尽くす》
堀田刑事が資料室に入ってきた。
「今度は40年前か……なんなんだ、この町は」
木原沙紀が端末を持って合流する。
「この“声”の分析データ、時間軸に“音のズレ”が見つかりました。録音された声の背景に、当時の交通騒音や電車の通過音が重なっているんです」
「つまり……?」
「通報された“声”は、実際にその時に発せられたものじゃない。あたかも過去の時間から“再生”されたようなノイズが混ざってる」
伊吹は呟いた。
「過去の“記録”が、現在に“再生”されている……?」
堀田がポツリと続ける。
「誰かが、時の“記録”を拾い上げて、それを現在に流してるんだとしたら──そいつは一体、何者なんだ」
その夜、署内サーバに“未知のファイル”が出現した。
《タイトル:波紋》 《内容:画像データ/音声/断片的な記録文書》
それは過去の事件資料を模したような断片で構成されていたが、どこかに“誰かの意志”が入り込んでいるような不穏な感覚が残っていた。
風景が重なり、時間が交差する。
“見えない誰か”が、確実にそこにいる。
(第6章につづく)
第6章「無言の送信者」
都心から離れた、旧・中原研究所跡地。いまは公営住宅に姿を変えたその一角に、伊吹遥と堀田、そしてAI刑事K1が立っていた。
「ここから、断続的に“波紋ファイル”が送られてる」
K1が示したのは、過去3年分の匿名ファイルの送信ログ。
「全て、ここのIP帯。しかも夜間、決まった時間帯だけ」
堀田が見上げると、集合住宅の3階の一室のカーテンがわずかに揺れていた。
「……どうやら、見られてるな」
住民への聞き取りでは、3年前に“老人と少女”が一時住んでいた記録が残っていた。だが、住民票は削除され、転出記録もなかった。
「K1、この住所と時間帯で、過去の行政記録検索できるか?」
《実行中……ヒットしました。2001年、児童相談所の記録──保護観察中の少女“由美”》
「由美……あの鉄柱の名前と一致する」
伊吹は即座に反応した。
「でも、何でこの時代に“波紋ファイル”を……」
その夜、署内のセキュリティサーバに“由美”名義で再びファイルが届く。
中身は、1980年代の公園と、少女の足元だけを撮影した連続写真だった。
そして最後の1枚。
古びたカセットテープの写真とともに、テキストが添えられていた。
《聞いて。これは、わたしが残せた“最後の声”──誰にも届かなかった時間のなかで》
堀田は、録音室で再生した。
小さく、確かに。
少女の“声”が、ノイズのなかから浮かび上がってきた。
《ここにいるよ……きっと、だれかが……みつけてくれる》
全員が静まり返った。
そこに、“過去”という名の存在が、たしかに息づいていた。
(第7章につづく)
第7章「褪せた地図」
曇り空の下、伊吹遥は地図を片手に住宅街を歩いていた。
それは、少女“由美”がかつて住んでいたとされる区域。
だが、いまの地図と照らし合わせると、かつての“区画番号”が存在しない──都市開発によって取り壊されたとされる一角だった。
「じゃあ、あの時送られてきた“座標情報”は……」
堀田が携帯端末を覗き込んだ。
「記録上“存在しない番地”だな。だが、地元の古地図には残ってる」
伊吹は近隣の高齢住民に話を聞いた。
「ああ、その辺ね。昔は長屋があったよ。そこに……女の子と、変わったおじいさんが住んでた」
“変わった”という形容の背景に、何か重たいものが漂っていた。
K1は、古地図の解析を進める中でひとつの仮説を提示する。
《過去の“番地データ”は、再開発時に廃棄処理された可能性が高い。だが……》
「だが?」
《行政サーバのバックアップには、まだ“亡くなった町”の仮想座標が残っている》
堀田は目を細めた。
「つまり、あの少女は──“今”じゃなくて、“消された町”から俺たちにメッセージを送り続けてるってことか」
その夜、K1が仮想座標を使って再構築した“かつての街並み”が、署のARモニター上に再現された。
白黒の空間。郵便ポスト、花壇、古びた電柱。そして、
“ベンチに座る少女”のシルエット。
伊吹は思わず画面に手を伸ばした。
「これが、“あの声”の出どころ……」
K1は静かに応えた。
《この少女は、時の向こうから、“ここにいる”と伝えようとしている》
(第8章につづく)
第8章「風の抜け道」
夜風が通り抜ける廃校の講堂。
その場所は、再開発前の“由美”が通っていたとされる小学校の跡地だった。
「ここが、彼女の“最初の記録”が生まれた場所か……」
伊吹遥が、埃を払って掲示板をめくると、そこに古い作文のコピーが貼られていた。
──『わたしのゆめ』──
《おおきくなったら、わたしはまちをまもるひとになります。なくしたひとを、さがすひとになります。》
堀田は、言葉に詰まった。
「……ここに、まだ誰かの夢が、置き去りにされてる」
K1は、講堂の床下に記録装置らしき電磁反応を感知した。
発掘されたのは、劣化したSDカードと、それを包んだ紙袋だった。
SDカードには、20年以上前の動画データが残っていた。
画面の中。
少女由美と、年配の男性が、路地を歩きながら“まちの記録”を語り合っていた。
「これは……彼女が“まちをまもるひと”として過ごした時間か」
音声の中で、男性がこう言っていた。
《未来は消えてしまう。でも、過去は、こうして残るんだ》
伊吹は、そっと端末を閉じた。
「今、彼女はどこにいるの?」
K1は、静かに答えた。
《わかりません。ただ、彼女が“残そうとしたもの”は、こうして届いています》
堀田が言った。
「なら、俺たちは……受け取った責任があるな」
どこかで風が吹いた。
それは、過去から未来へ吹き抜ける、言葉なきメッセージのようだった。
(第9章につづく)
第9章「交信」
K1の端末に、突如として浮かび上がった未知の周波数ログ。
──“0042hz – 交信 – 継続中”──
「これは……AIネットワークからではない。アナログ帯域の信号だ」
緒方技官が顔をしかめる。
「誰が、何のために、こんな“古い手段”を……?」
堀田はすぐに思い至った。
「現代の監視網をすり抜けるためには、逆に“過去”を使えばいい……か」
その信号は、一定のパターンで“位置座標”を打っていた。
向かった先は、郊外の解体予定ビル。
人気のないその空間に、無造作に残された古い無線機とノートパソコン。
そして、壁にはチョークでこう書かれていた。
《まだ、終わっていない》
伊吹遥はノートパソコンの電源を入れる。
そこには、一連の交信ログが残っていた。
──“由美=観測者”
──“交信対象=記録消去領域”
「由美は……過去のどこかに、今も“記録されている”存在なのか?」
K1が言う。
《この通信は“ログ化”されず、常にリアルタイムのまま、どこかに保管されているようです》
「つまり、“記録に残らない少女”として、今も世界のどこかに──」
堀田は言葉を飲んだ。
その時、無線機から一瞬だけ、ノイズ混じりの音声が聞こえた。
《……いますか……そこに……》
声は、小さく、そして優しかった。
伊吹が答えるように、呟いた。
「ここにいるよ。あなたの声、ちゃんと届いてる」
第10章「記録の彼方へ」
旧来の記録システムでは解析不能とされた“手書きの地図”が、伊吹遥のデスクにあった。
そこには、かつて“由美”と呼ばれた少女が記したと思われる、不完全な町のスケッチ。
だが、その中に、AIが一度も検出したことのない“場所”があった。
K1が静かに告げる。
《この地図は、座標情報を含んでいません。しかし……記憶パターンの中に、明らかな感情の痕跡があります》
堀田がそのスケッチにペンを置いた。
「感情の……記憶、か」
感情を頼りに、彼らは“存在しない町”の中へと歩き出した。
数日後、伊吹と堀田、K1は郊外の森にたどり着く。
そこには、確かに町の痕跡があった。消された地名。消された記録。そして、今も残る小さな祠。
祠の中にあったのは、古びたメモリチップと、小さな紙切れ。
──『忘れないで。ここにいたこと。』──
K1がメモリをスキャンする。
《最終記録:声、映像、そして“希望”》
小さな女の子が、カメラの前で微笑んでいる。
「まちを、まもるひとに、なりたいです」
その映像は、短く、しかし強い光を放っていた。
伊吹は呟く。
「この記録を、誰にも消させない。記憶を、未来へ渡す」
堀田が頷いた。
「それが俺たちの仕事だ」
K1が、映像をバックアップしながら、そっと言った。
《未来は、いつも記録の中にしかいないのかもしれません。でも、その記録を“誰がどう受け取るか”は、人の選択です》
風が木々を通り抜ける。
誰かの声のように。
「あなたの記録、ちゃんと届いてるよ」
祠の前で、一陣の風がそっと、メモリチップを撫でた。
(完)
■あとがき
情報が溢れる時代において、何が「真実」として記録され、何が「忘れ去られる」のか。
AIが記録するもの、そして人間が忘れたくないものの違いに、私たちは気づき始めています。
読者の皆さまが、この物語を通じて“記憶”と“記録”について少しでも考えるきっかけとなれば幸いです。
コメント